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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

検証プロファイリング 「大阪2児我子餓死殺人事件」に見るマイブーム-9

We have to take it in our heart that any child must be the social treasure(子どもは社会のタカラと肝に銘ずべき)!

■大阪2児我子餓死殺人事件

●我々日本人が、このイヤな事件からイヤというほど学習すべきこと!

①残虐無比に子どもが2人も餓死させられ、その泣き声を聞かされ悪臭を嗅がされた現場マンションの若い住人たちが、それを案じてマンション管理会社や児童相談所に通報した住人たちが、結果的に事件を防げなかったことを悔やみ、連絡ネットワークを独自に作る機運があると聞いて、思わず、東仙坊、「見て見ぬふりをしない」ヤングが増えるなら、素直に大歓迎と拍手を送っている。
だから、その祝辞として、「子どもは社会のタカラだ。みんなで助け合うのはスバラシイことだ。そのついでに、このモラル崩壊の我が国では、基本的に他人は当てにならない。市場原理主義と一神教の影響をイヤというほど受けてしまった世の中は、大切なものは自分たちの手で守るしかない。これからは、マンション管理会社や児童相談所などに連絡しないで、自分たちの手で直接ドアを叩くしかないんだ」という言葉を送りたい。
と同時に、世の若い母親の方々に、「自分の子どもは自分のペットでも所有物でもない。社会のタカラなんだ。それでいて、自分の何もかもを犠牲にして責任を取らされるに、子どもが反抗しても許さなければならない間尺に合わない立場。まさに、愛に悟りを開いたパーフェクトの人間にならなきゃいけない心境。でも、パーフェクトな人間などいないから、自信がないのは当たり前。そんな弱い自分を知って、誰かを頼りたくても、世の中事なかれ主義者のヒトばかり。だから、児童相談所などクソの役にも立たないが、それでも、近くで信頼できる人、コミュニティで本気で親身になってくれる人、めったにいない奇特な人、本物の思いやりを持った人間味のある人を見つけて、相談するしかないんだ」と理想的(?)のアドバイス…。
どちらにしても、子育ては、そのくらいの想像をはるかに超えた重荷のはず。
それでも、それを覚悟して、ステキな母親になる人がいるから、人間はスバらしい。
それだからこそ、母親になった女性は、その歓びに感動し、生きていてよかったと満足するはず。
もっとも、東仙坊、そんな覚悟をできないから、例え女になっても、きっと出産はしない。こんな世知辛い世の中で、子どもを育てる勇気はないし、第一、もし娘だったら発狂してしまうに違いない。「ギルモア・ガールズ」の2代の母娘関係を観ているだけで、母娘の関係の難解さに頭が痛くなってしまうから…。

②自他共に認める「freedom(フリーダム:自由)」大好きのコスモポリタン、東仙坊、やはり母親の資格を問題視。
「結婚するのもしないも、子ども産むも産まないも、カラスの勝手。成熟した女性なら、どんどん子どもを産んで! どのような母子関係になっても、それぞれが自由であればいい」と信じている。
実は、そのそれぞれに自由であるということが難しい。
とりわけ、母親は、子どもに人間であることの意義と価値を躾けなければならないときに、自分が不自由を感じる。と同時に、子どもに不自由にさせなければならない義務を持っているから、まさに矛盾。
しかも、自分の時間がなくなるだけでなく、想像していた以上の献身と自己犠牲が伴う本物の不自由だから、余計に困惑させられるはず。
ところが、その壁を超えないと、本物の母親になれないから、本当に大変。
逆に、だからこそ、それができた母親には、誰もが素直にリスペクトできるもの。
そして、「いいな。母親になれて、宇宙そのものを自分の中に持った気分だろ?」と羨望し嫉妬するもの。
「母親は偉大だ!」と憧憬するもの。
ということは、ここが一番のポイントなのだが、女性が「子ども産んだら、母親なのか?」ということになるのか?
「女は子どもを産んだら母親になるのではなく、必死に母親になる」のだと思うのだが、どうだろう?
必死に、一生懸命、意識的に母親になろうとしている女性には、「母は強し」を本当に実践している女性には、誰もが「a little help(ア・リトル・ヘルプ:ちょっと手助け)」したくなると思うが…。
それを象徴するのが、衆人環視の中での授乳の光景…。
東仙坊のような女性の乳房大好き人間でも、思わず微笑んでしまうくらいだから、誰もが自然に微笑むはず。
また、それを証明するのが、昔からある「産みの親より育ての親」という言葉…。
「とにかく無事に!五体満足なら!」と陣痛を突破するのも確かに苦難だろうけど、「モラルを身につけた殺人どころか万引きさえしないような子どもに育てる」のは、もっともっと大変だということでは?
つまり、
その意味で、せっかくの子ども手当(?)を塾代になどに浪費せず、一緒に本でも読むのが母親の第一歩だと思うが…。
どちらにしても、本物の母親が増えてくれないと、この日本はグチャグチャになってしまうと危惧しているのは、東仙坊だけではあるまい。
それには、確固たる哲学や自意識をまず持てなどとヤボなことを言うつもりはないが、そのぐらいの知性を持った伴侶を見つけないとかなり困難だと思うが…。
それゆえ、このラガーガールのような「できちゃった婚」では、「イケメン大好き」の軽佻浮薄なノリの結婚では、はなからヤバいと思わないか?
それこそ、女性の「メンストレーション・ブルー」はもとより、「マタニティ・ブルー」、「ベービー・ブルー」などをやさしく包み込めるような伴侶を先に見つけるべきだと思うが…。
それは、プロファイリングー5 大阪守口乳児殺害事件 real end(終焉)でも書いた通り。

③東仙坊、このような未成熟な親による残虐な事件を抑止する方法は、一つ。
すでに書き込んできたように、恥の文化を持つ我が国らしく、許し難い子殺し犯を二度と子育てはもちろん、恋愛さえできなくなるように、徹底的に晒しものにすると同時に、厳罰に処すこと。
それは、少し前まであった尊属犯に対する刑罰と同じ扱いにすべきということ。
そうでもしなきゃ、これだけブームのように増加し続けている「子殺し」、「アビューズ(児童虐待)」、「ネグレクト(育児放棄)」に歯止めはかからないのでは?
愛知県のバカップルの母親のように、子どもを餓死させ段ボール箱に遺棄しときながら、のうのうと「出所したら、また旦那さんと一緒に暮らして、新しく子どもを作る」なんて言い切る大バカ者がいるのでは?
それはそうだと思わないか?
いくらタガに緩んだぬるま湯社会だとしても、自分の命より大切な我が子を餓死させるような大バカ者に、自分に命を授けてくれた命の恩人を殺すような大バカ者に、一体どんな人権があるのか?
人間としての基本的愛情を持てないような大バカ者に、なぜ恥ずかしげもなくおもねる必要があるのか?
少子化問題を錯誤し、社会の対応システムがナッチャラカンチャラと甘やかしていると、ますます大バカ者どもが増長するだけだと思わないか?
その事なかれ的善いヒトぶりっ子が、ますますこんな残虐非道な殺人を生んでいると言っても過言ではないと思うが…。
どちらにしても、未成熟なジコチュウな餓鬼どもが勝手に子どもを作る前に、日本人の本性である「思いやり」、「もののあわれ」、「儚さ」を十分に教え込み、人間としての基本的な修養とモラルを身につけさせない限り、このあまりにも悲し過ぎる子殺しを抑止することはできないと思っているのは、東仙坊だけではあるまい。
東仙坊、今までに何度も書き込んできた通り…。
Just a our fate(まさに我らが運命)?-43 「ない、ない、バー」は絶対ダメ!? 東仙坊、日本道をゆく-16 Run away(ランナウェイ)女性の結末!?-2 Sounds insane! 許されざるヒト-51  「ジャンキー・ポイ」するしかない!? を、ぜひ参考に…。
そうでもしなければ、市場原理主義と一神教と性悪説の権化の国々から、「何と我が子を餓死させて殺す不気味で残虐な国、日本」との誹りを受け、さらに世界からの孤立国家になり、カナダの現代日本社会学専門(?)とする大学教授から「日本では未婚の母は、まったく社会規範に反する行為としてみなされ、家族全体に恥辱と汚名をもたらす」とシタリ顔で言われる羽目になるのでは?

A woman is not born a mother, a woman becomes it after giving birth(女は母親として生まれてくるのではなく、出産後、母親になるんだ)!

検証プロファイリング 「大阪2児我子餓死殺人事件」に見るマイブーム-8

This kind of narcissistic selfish ignorant Rugger Girl has never done her children care seriously since she became pregnant(このナルシスティックでジコチュウで無知なラガーガールは妊娠以来、一度も真摯に子育てなどしていない)!

■大阪2児我子餓死殺人事件

●東仙坊がプロファイリングするこの事件の不可解な点

④東仙坊、今回の下村早苗なるラガーガールのマスメディアの取り扱いに、疑義を覚えている。
この典型的な未成熟ジコチュウが、幸せな子育てをしていたのに何が一体起きたのか?というような論調に、義憤を覚えてもいる。
自信を持って明言するが、このラガーガールは結婚して以来、間違いなく新婚ホヤホヤの専業主婦としての自分の責任を果たしていなかったばかりか、幼い我が子のための母親としての役目も全く果たしてなどいなかったはず。
今の情けなくてみっともないヤングボーイの典型である元夫が、いくら自分の哲学や信念を持っていなかったとはいえ、夫に父親に甘んじ必死に夜明けまで働いているダンナのために食事を満足に作らず、最初から最後まで十分な子育てもやらなかったはず。
それはそうだと思わないか?
自分で述懐しているように、モノグサで、努力家でもなく、適当で、真剣でもない、無能なラガーガールが、よき妻、よき母親になるには、人並み以上の鍛錬が必要なはずでは?
それこそ、キンピラゴボウを届けてくれる元夫の母親と一緒に料理を楽しむだけでなく、母親としての基本的な心構えをもっともっと学ぶしかなかったのでは? ブログを書き込んでいる寸暇を惜しんで…。
もっともこの母親では無理だったかも知れないけど…。
ところで、このママゴト・カップルが別れるのは必然だとしても、どうしても理解できないのがその元夫と姑が簡単に子どもの親権を放棄したこと。
その元夫、いくら今のリアリティのない脆弱なオトコだとしても、一応、自分の人生を賭して父親になった責任はメチャクチャあると思わないか?
カナダの藤井理絵なるフライティガールの裁判で、その一神教信者(?)の裁判長が言及した、「人間の良心」はどうなるのか?
東仙坊的には、ラガーガールなる「ばか女」を妊娠させ、2人も出産させた責任を最後まで取れ!と怒鳴りつけたいだけだし、少なくと7月上旬、元夫に電話をかけ「仕事をしながら子育てするのは大変でしんどい」と訴える(??)。も毎日愛する(?)子どもの声を聞かせてくれと電話するぐらいはしていいと思うが…。
せ、せ、せめて、7月上旬、「仕事をしながら子育てするのは大変でしんどい」とラガーガールから電話があったとき、「わかった。とりあえずボクの家で預かるから、迎に行く」と答えてくれたらと思わないか?
どうあれ、離婚した当時、間違いなく働いていなかったラガーガールがなぜ親権を持てたのか?
そして、仮に引き取ったのなら、子どもを連れ、なぜ父親の住む実家に戻らなかったのか?
メチャクチャ不可解に感じているのは、東仙坊だけではあるまい。
どちらにしても、生活のアテも、メドも立たないのに、「ジコチュウのうえ自分の弱さを身とめない幼稚さのために、愛する人のために恥をかくことができないために、本物の自我がないために、人にものを頼む勇気がないから、自分の愚かなプライドとミエためだけで、子ども引き取った」のであり、二人の人格を持った子どもの立場を一切考えなかったのは事実。
結局、不要になった自分の所有物を「バザーにでも出すか?」というぐらいの感覚で捨てるように、殺しただけだと思わないか?ラガーガール
その意味では、これもまたカナダの裁判長がフライティガールの公判で的確に指摘しているように、ラガーガールの2人の子どもの悲運は、「悲しいことに、育てることができなくなった母と、育てようとしなかった父のもとに生まれてきたのは、子どもたちの不運でした。それでも、子どもたちの死の直接の責任は、ラガーガールにあります」ということになるのだろうが…。
そして、この「ばか女」に「ばかオトコ」あり!ということになるのだろうが…。

⑤東仙坊、このラガーガールがここまで勘違いできるジコチュウになった要因は、高校時代を東京で過ごしたことだと確信している。
イジメられっ子が逃避して、辛辣な東京での青春時代を送る…。
その人間が繊細で感受性が強くストイックなタイプなら溶け込めるだろうが、こんな夢見る夢子では徹底的にバッシングされたに違いない。
それこそ、相手にされず無視されたに違いない。
その結果、ますます自分勝手な自己陶酔タイプになったに違いない。
その証拠に、高校卒業後、自身が「大好きな、田舎」と言う四日市に、スゴスゴ逃げ帰っている。
それなのに、表層的に浅薄に東京帰りをひけらかす、メチャクチャイヤなオンナになったに違いない。
その意味でも、そんな大バカオンナに惑わされ、子どもを2人も作った元夫も相当レベルが低いのかも…。
どうあれ、ラガーガールが類まれなほどジコチュウだったことだけは間違いない。
そして、ジコチュウ・ばかオンナの恐ろしいことは、そのリアリティのなさ…。
当然、その犯行が、残虐極まりないこと。
東仙坊、ラガーガールの不運な子ども2人が今回味わっただろう地獄の苦しみ、阿鼻叫喚をここではあえて描写したくない。
書こうと想像しただけで、頭の中のブランコがギコギコきしむ金属音を立て激しく大きく揺れ、引きちぎれそうになって危なくなるからである。
ここでは、粘着テープで密閉され、電気が消され、エアコンが切れ、空っぽの冷蔵庫の扉は開けっ放し、水道の蛇口に手が届かない3歳と1歳の姉弟が、何ヵ月も入浴していなかった裸で寄り添うように餓死していた状況を、もう一度書くことで留めておく。
ところで、このラガーガールなる鬼母の取った行動で、どうしても理解に苦しむことがある。
それは、北海道苫小牧市のデビルガール、カナダのフライティガールにも共通しているのだが、放置しておきながら鬼畜そのままにその死亡を確認に行く神経…。
それでいて、他の2人とは違って、ラガーガールがその2人の死体を遺棄しようとはしなかったこと。
ここに、このばかオンナの本性を見つけるのは、そして、これが計画殺人と断定するさらなる根拠と考えるのは、東仙坊だけではないと思うが…。
他の2人などのマネをして、安易にジャマで疎ましいだけの子殺しを考えただけの無精で面倒臭がり屋の面目躍如(?)だと思わないか?
つまり、残忍非道に子殺しをしたうえ、その遺体にまで動揺を見せず敬意を払わなかった(?)ラガーガールを、冗談でも母親にさせてはいけなかったと思うのだが…。

Why didn't their father and his family find parental authority(なぜ悲劇の子どもたちの父親と家族は親権を求めなかったのか)?

To be continued…







検証プロファイリング 「大阪2児我子餓死殺人事件」に見るマイブーム-7

Isn't “Dekichattakon” getting married because she had no choice but to become pregnant unwillingly a compromise and a calculation and a product of the deceptions(「できちゃた婚」とは、妥協と打算と欺瞞の結果じゃないの)?

■大阪2児我子餓死殺人事件

●東仙坊がプロファイリングするこの事件の不可解な点

②東仙坊、この鬼母でしかない下村早苗なるラガーガールのように、10代女性たちが、幼稚で人間として半人前以下のヤングガールが、簡単に妊娠するだけでなく、簡単に出産してしまう現状が、どうしても理解できない。
それだから、「できちゃった婚」という昨今の摩訶不思議なブームが理解に苦しむ。
物心がつき、人を愛することは人間の原点。
極論すれば、人間はそのために生まれ、死んでゆくと言っても過言ではない。
人を愛し、胸を焦がし、胃を痛め、頬を緩め、目を細め、体中の細胞をドキドキさせることは、生きていることの歓びを味わえる唯一無二の充実…。
その試行錯誤、喜怒哀楽、悲喜こもごもを通し、人と関わることは何一つ自分の思い通りにならないことを学び、自分を研鑚し、人間として成長してゆくもの…。
とりわけ、単なる物質的肉体的衝動や欲求を超え、精神的に人間として大きくなるもの…。
それが、このラガーガールが自分で書いているように(もっとも本人は書くことで、そうではないと思い込んでいるが…)、「ちょっとウザいやつ」、「THEだめ人間代表」、「適当人間」、「キモイんだもん、わたし」、「ばか女」のような幼稚で未成熟なジコチュウにかかると、物質的肉体的充足と精神的充足との区別さえわからず、ただの独りよがりの興奮で終わってしまうもの…。
それでも、蓼で喰う虫も好き好き、アバタもエクボ、恋愛だけはどうやっても当人同士。
誰が何を言おうと、勝手に止めさせることは絶対不可能。
ましてや、このモラル崩壊の見て見ぬふり社会の現代では、ますます無理。
さすがの東仙坊でも、人の恋愛に口出す気持ちもない。
ただし、それが本物の恋愛だったらだが…。
けれども、その過程で、まるで予期しなかったように妊娠しちゃったから、とりあえず産んでみたかったとか、産むしかなかったと子どもを出産してしまうことが、不可解でしかない。
残念ながら、いかなる子どもも親を選べない。
そして、子どもは恋愛する当人同士の所有でないばかりか、家族やコミュニティの宝でもある、確固たる別人格を持った一個人であり、自立するまではその親になる二人に扶養されなければ生きてゆけない宿命を持っている。
親の責任とは、まさにその扶養義務。
ということは、どんなに当人同士がスバらしい恋愛をして、物質的肉体的充足や精神的充足を得ていても、自分たちの子どもに経済的充足を可能な限り与えなければいけない使命を絶対的に有しているということ。
すなわち、仮に本当に愛し合っている当人同士だとしても、子どもを作るかどうか? 作るならどう育てるか? 特に経済的にどこまでサポートできるか?と、それこそ真摯に入念に計画をしなければならないはず。
もし学生だったり、経済的にサポートできない状況だったら、それこそお互いの家族やコミュニティの協力を積極的に求める以外に、産んではいけないと思わないか?
どうやら、ここのところに子殺しの最大のファクターがあると思うのだが…。
事実、このラガーガールのケースも、働きもぜずプータローだったラガーガールが、大学生だった元夫と出会い、モノわかりのよさを装う元夫の家に転がり込み、何のプランもないまま好き勝手に無知蒙昧に避妊もせず肉欲に溺れた結果なのでは?
たまたま元夫が、今の若い虚弱なオトコの典型らしく情実にビビり、親同様いいヒトを演じてくれたために、産んでしまっただけでは?
東仙坊的には、そもそも、「どうしても人を傷つけてしまうのは嫌なことだし、それ以上に自分が傷ついてしまう気がしてもっと怖くなる。人間誰しも痛い思い つらい思いはできるだけしたくないしね」何てほざいている、ラガーガールには子どもを産む能力はもちろん、恋愛すらする能力もないと思うが…。
そう考えると、どうしても同じく甘い元夫とその甘い家族に、矛先が向いてしまうのだが、ここではまだガマンしておく。

③東仙坊、このラガーガールに限らず、取り上げたバカップルの母親、デビルガール、フライティガールにも共通していることだが、一人の人間としてどうしても摩訶不思議でしかないことがある。
人間が人間たる唯一の所以は、基本的に学習することのはず。
にもかかわらず、それができないということは、人間ではないということになると思うのだが…。
神聖で神秘的な出産で始まる子育てなる偉大な偉業が、いかに面倒で、執拗で、煩雑で、忍耐強くなければ困難で、エンドレスで、しかも無償の愛情が必要であることは、そのうえ、超現実的な経済的サポートが必要であることは、第一子を出産した段階で、イヤというほど知らされるのでは?
子育てのどうすることもできない難解さ、自分の以外の一個人に自分の時間を割いて献身する大変さ、一見親の心子知らずかのようにしか思えない矛盾、すべてにコストがかかる恐ろしさ、我が子の五体満足、健康、元気を一心に願うことの焦燥…。
強い母親であり続けるためには、自分に確固たる信念、自分を物心ともに支え続けてくれる理解ある本物のパートナー、打算なしで物質的に精神的に経済的に全面サポートしてくれる家族が絶対に必要と痛感するのでは?
それなのに、第一子での辛酸を舐めている最中に、なぜ簡単に第二子を作ってしまうのか?
とりわけ、今回のラガーガールたちのように、2歳違いの子どもを作るということは、たった1年後に妊娠していることになるから、余計に驚かさせられないか?
今や、いくら大した存在ではない人間でも、人生での反省にはどこまでも謙虚であるべきだと思うが…。
どちらにしても、その第二子を産むことで、完全に自分を、そして元夫を追い込むことになったと思うのは、東仙坊だけではあるまい。

It is just a thing called the human being to study by failure(失敗で学ぶのが人間というものでは)?

To be continued…



検証プロファイリング 「大阪2児我子餓死殺人事件」に見るマイブーム-6

This asshole must look for how she would kill her children easily in Web to escape from troublesome child care without costing the money and polluting her own hand(この大バカ者はローコストで自分の手を汚さずラクに自分の子どもを殺せるかをwebで探した)!

■大阪2児我子餓死殺人事件

●東仙坊がプロファイリングするこの事件の不可解な点

①東仙坊、この母親になる資格がないのに母親モドキになってしまい、ジャマでしかない2人の子どもを直接手を下すことなくローコストでラクラク殺害した鬼母、下村早苗ことラガーガールが、計画的に凶行に及んだことは間違いないと、すでに断定している。
その確信的状況証拠の一つは、指摘したようにチャイルディシュなブロガーであったこと。
何しろ、新婚1年目、初めての専業主婦経験、初めての出産経験、初めての子育て経験をしながら、ブログを立ち上げるのだから、本人が告白しているような典型的ナルシスト。
pcは便利なパンチングボールで、web情報は自分だけに有効な鏡。
どちらも、one way(一方通行)で、自分の思いのままで、どこまでも自分に都合いい小道具。
その意味で、大学を辞め、明け方まで働く新郎も、初めての我が子も、自分が抱える大切なヌイグルミと一緒。
料理も、掃除も、洗濯も、当然、満足にできないイミテーション専業主婦である自分をタナに上げ、成人式前に出産したことを勲章のように錯覚し、ジコチュウ的「上から目線」で他人を見る恐れ多い勘違いバカ。
そもそも、ブログのどの文章をどう読んでも、実際に自分で新妻らしく新母(?)らしく何もしていないことの言い訳ばかり。
世の中、前の首相や今の首相のように、美辞麗句を臆面もなく言えたり書いたりできるヒトは、基本的にウソツキと思うべきだと思うが…。
それはそうだと思わないか?
自分一人で鏡を見つめ「ワタシ、きれい」と自己陶酔しつつ、口紅を、アイシャドーを、次から次へと変えながら、「ワタシ、何ときれいなの」とさらなる桃源郷に到達してしまうのだから、どうしようもできない。
web情報も同じ。
これは使える、これはその通り、こんなことをしているヒトがいるんだ、こんなことをしてもこれですむんだと、すべて自分勝手に解釈してしまえるのだから、未成熟なインテリジェンスのないヒトにとっては、凶器と殺害方法を安易に手に入れられるマジックミラー…。
このラガーガール、絶対に東仙坊がすでに取り上げた、アホンダラ、バカップル、デビルガール、もしかしたらフライティガールの餓死による子殺し犯行を学習したに違いない。
それにしても、新婚ホヤホヤで、朝まで残業して働く夫の食事も作らず、ブログを書き込み、出産直後なのに我が子を家に残し(あるいは、姑に預け?)、成人式、中学校の同窓会に出席し、二次会・三次会で、朝帰る新婦に、怒ることもできないダンナ(?)、舅・姑、父親の何と情けなくてみっともないことよ…。
世間体を気にし、出産を機に、結婚式まで挙げてやるとは、実に高尚な思いやりだと思わないか?
それ以上に、そんな大バカ者に子どもを簡単に出産させる、それらの方々の何と恥知らずなことよ…。
東仙坊、どうしても、このどうしようもない幼稚なラガーガールよりも、そっちの方々に怒りの矛先が向いてしまうのだが…。
それにしても、このラガーガール、責任はあくまで双方だとしても、自分のために人生を変えて生活の糧を得ようとしてくれているダンナに対し、本物の愛情を持っていないどころか、人間の基本的やさしさすら持っていないとは?ただただ呆れさせられるのは、東仙坊だけではあるまい。
結婚し、出産までしながら、初めてダンナはこれでよかったのか?と考えるのでは、メチャクチャ遅過ぎるのでは?
現実の生活の煩雑さ、面倒、いろいろな責務も考えないくせに、自分に明確な哲学はもちろん、人生観もないくせに、価値観が違うどうこうが言えるオコチャマ。
そもそも、やらなきゃいけないことって追われないとなかなかやらないヒトが、見えている場所は常に綺麗でないと気がすまないのにクローゼットや引き出しはぐちゃぐちゃにするヒトが、ゴミ出ししてはいけない日に出してそのままゴミ置き場に置きっぱなしにするヒトが、子育てをする専業主婦になるべきではないのでは?
もう一つの確信的状況証拠は、この残忍極まりない犯行を、自分の働く風俗店従業員にほのめかしたこと。
これは、昨今のこれまたブームの劇場型ジコチュウ犯罪者によく見られる典型的パターン。
せっかくの残忍非道な犯罪も発覚しなければ、何の意味もないもの。
一気にマスコミの寵児になることで、悪徳の悲劇のヒロインとしてスターダム(?)に上りつめ、自己満足できること。
と同時に、心の闇とか、社会のヒズミとかいう見当違いのその大騒ぎによって、自分の責任が薄められるだけでなく、巧妙に責任転嫁できること。
それはある意味、自分を追い込んだ元夫や家族にリベンジを果たすことにもなること。
それ以上に、実際に子殺しを実行してしまった悔悟、葛藤、憔悴、不安、恐怖などを独りで背負い込んでいる重圧、面倒、煩わしさから解放され、自分がラクになること。
その一石四鳥を意図した以外の意味はなく、今のジコチュウ犯罪者特有の性向を示していると思うが…。
どちらにしても、自分の錯誤した功名心(?)、善悪無関係の名誉欲(?)、ただただ目立ちたい症候群、モラルも修養も身につけてないジコチュウであるヤングの犯罪を、このような卑怯で卑劣な殺人を阻止するには、きちんと断罪するしかないはず。
それには、単に刑期を重くするのではなく、そんなことをしてしまったら、残りの人生どう生きても恥ずかしくてイヤだ、世間に顔向けできない、と日本人らしく思わせるようにするしかないはず。
そのためにも、本人の望み通り、情けなくてみっともない人間じゃない今の顔を、それこそ、5年後、10年後、20年後くらいまでの顔をcgで合成し、イヤというほど晒すしかないと思うが…。

Such a criminal should expose the face of the devil to the public more to never have both the love and the delivery(こんな犯人は、二度と恋愛も出産もできないように、その悪魔の顔をもっともっと衆人に晒すべき)!

To be continued…

検証プロファイリング 「大阪2児我子餓死殺人事件」に見るマイブーム-5

We have to figure that the child couldn't be made basically alone and shouldn't be brought up alone(子どもは基本的に独りで作れないし、独りで育てられない)!

■大阪2児我子餓死殺人事件

●この事件のニュースを聞いた瞬間、東仙坊が思ったこと!

③3歳と1歳の2児を家に置き去り餓死、交際しているオトコのところ、1ヶ月後に2児が死んでいるかどうかを確認に帰宅───。

2006年10月30日ごろ、北海道苫小牧市高砂町の市営住宅で、「交際相手に夢中になり、子どもが疎ましかった」と2児を置き去りにし、三男(1歳)を餓死させ、殺人と死体遺棄で、長男(3歳)を1ヶ月以上放ったらかしにし、保護責任者遺棄罪で、札幌地検室蘭支部に起訴された、山崎愛美(21歳)なるデビルガールの事件がある。
このデビルガール、最後に2人にチャーハンを食べさせた後、「2人を殺してしまおう」と交際相手の家に行き、2人を放置し、「2人とも死んでいると思った」と12月4日に自宅に戻りドアを開けると、長男が生きていて「ママ、遅いよ」と飛び出し抱きついてきて、「死んでると思ったのに、生きていて驚いた」というから、あまりにも切ない…。
何でも、デビルガールの長男は生コメや冷蔵庫のマヨネーズ、ケチャップなどを食べ、骨と皮だけになっていても生き延びていたというから、凄惨…。
それでも、計画通り、餓死していた三男の遺体を交際相手の家の物置に、段ボール箱に入れ遺棄したというから、ただの鬼母。
それにしても、デビルガールの母親も男癖が悪く、デビルガールも家出をして母親のようになることが、情けない。
二男も2004年に窒息死(なぜか事故死?)しているというから、何をかいわんや。
裁判すら、出産のために4ヶ月中断させるぐらいだから、無理もないのかも…。
さて、その裁判、2007年12月、札幌地裁で行われ、「自分の楽しみを優先するなど自分本位で場当たり的。直接殺害するのが嫌なので、子どもを餓死させようと置き去りにした犯行は身勝手で冷酷だ」と懲役15年(求刑20年)の実刑判決。
それだって、長男に対する殺人未遂罪の適用も検討したが放置された後も健康だったことなどから、立件は困難と判断したと札幌地検が言い訳するテイタラク。
どちらにしても、獄中出産した4人目の親権が、デビルガールにあるというところが、タガが緩んだこの国の恥部だと思わないか?

どうあれ、このモラル崩壊社会の我が国では、今後、子育てがイヤになった20代そこそこの無責任な母親は、離婚し、風俗店で働き、それこそブームのように風俗店の所有するマンションで子どもと暮らし餓死させてゆくようになると思わないか?
そして、今回の大阪のラガーガールは、愛知県のアホンダラ、バカップル、そしてこのデビルガールの事件をじっくり検証し、この自分で直接手を下さなくて確実な子殺し計画を練ったと感じて恐ろしいのだが…。
さて、東仙坊、これほどまでに無慈悲で愛情のカケラも持てない20代そこそこの母親が大量生産される土壌は、やったもの勝ちの市場原理主義、物質主義をみっともなく鵜呑みにし、本来の日本人ならではの思いやり、相互扶助、助け合いの精神を喪失してしまったことにあると確信している。
確固たる自信も自我もない情けない親どもが、自分の最大の愛情の対象になるべき子どもに卑屈におもねり、その愛情のタフさ、困難、歓びを伝えられないことにあるとも確信している。
その意味で、カエルの子はカエルになってしまう不幸があることは否めない。
しかしながら、死が最終的に自分だけの責任において帰結せざるを得ないことであるように、女性にとって最終的に自分のお腹を痛める自分の子どもの命を守る本能的宿命からは、決して逃れなれないもののはず。
ということは、自分で自分をセルフコントロールし、そのすべてを子ども優先にすることで、自分の責任において母親になるということで、子どもを産んだら母親になれるという錯覚や誤謬を正すことがまず必要になるのでは?
そして、その責任を担うためにも、日頃からストイックに自分を高め、修養を学び、その面倒、煩雑、忍耐、歓びを自覚する必要があるのでは?
その成熟から、自分の子どもは決して自分だけのものではなく、一緒に作った相手、お互いの家族、コミュニティのかけがえのないタカラと認識すべきものでは?
それゆえ、自分の子どものためには、それこそなりふり構わず恥をかく勇気を持つ必要があるのでは?
つまり、子どもへの責任は自分だけのものではないと理解すべきでは?
だからこそ、母は強しになれるのだと思うが…。
それは逆説的に、このラガーガールやアホンダラやデビルガールなどの救い難い大バカ者の母親モドキどもに、簡単に子ども産ませ、殺させる、さらに大バカ者の種馬が、その家族がいるということ。
東仙坊、どうしても、それらの方も糾弾せざるを得ない。
どちらにしても、本格的な検証プロファイリングに入る前に、極めて参考になる酷似した事件をもう一つ挙げておきたい。

④2児の子どもを部屋に置き去りにし餓死、父親のオトコとの別離、新しいオトコとの出会い、20代そこそこの母親が独りで育児───。

1997年4月、島根県津和野町出身の典型的な「fighty girl(フライティガール:軽薄若い女)」である藤井理絵(24歳)は、英語学習(?)のためカナダのアルバータ州カルガリーに入国。
すぐにクラブで知り合った「カナディアン・クラップ(カナダのタコ:22歳)」を自分の部屋に入れ同棲し、2000年2月に長男、2001年2月に長女出産。
4年間の内縁関係は、子どもが生まれる前から、そして生まれた後も続いていたDVが原因で、女性のための緊急シェルターに駆け込んだり、ベビーシッターや児童施設に預けたりし、カナディアン・クラップに居場所を知らせず、引っ越し、事件4ヶ月前に終焉。
2000年10月にビザが失効した後も不法滞在。
すぐに新しい恋人との交際開始。
2001年5月8日、子ども2人をアパートに残したまま新しい恋人の元へ。
10日後に帰宅すると子どもたちは2人とも餓死。
すると、このフライティガール、何と長女の遺体をゴミ袋に入れゴミ集積所に捨て、長男の遺体は部屋に隠していたが、アパートの管理人が6月5日、立ち退きを通告(?)するため部屋を訪れた際、腐臭を感じたため警察に通報し、翌日逮捕。
何でも、両親から毎月2000カナダドル(約17万円)の仕送りを受けていたが、そのカナディアン・クラップはその金目当てで働こうとせず、そのほとんどをドラッグやギャンブルに使う放蕩三昧。
ちなみに、そのカナディアン・クラップも窃盗罪など複数の容疑でカルガリー警察に逮捕されている。
さて、逮捕後、「ベビーシッターが子どもの面倒を見ていると思っていた(?)」とトボケていた卑怯で卑劣なフライティガール、「自分が子どもたちにした行為が、どんなに残酷でむごたらしいものであるか理解しています。私は間違っていました。なぜそんな酷いことをしてしまったのか、自分でもわかりません」と公判で供述。
性悪説を取る一神教国民であるカナダ人を思わず驚愕させたというから、国辱もの…。
そのせいで、人格障害?が疑われ、精神鑑定まで実施されたというから、開いた口が塞がらない。
その鑑定報告は、「当時、フライティガールは愛情とやさしさに飢えていて、子どもたちへの関心よりもそちらのほうで心がいっぱいになっていたこと、同時に、自分がいなくなっても子どもたちは何とかやっていけると自分自身に思い込ませていた。少なくとも2001年1月頃から鬱状態」、「深刻な孤独感、子どもたちの世話をする能力が当時なかったこと。カナダに違法滞在しており公共施設に助けを求め続けることでそれが露見するのを恐れていたこと。家具がほとんどなく家賃も滞納していたというわびしい暮らしをしていたこと。助けを求められなかったばかりか、結婚せずに子どもを産んだという事実を日本の両親に話すことさえできなかったこと」が挙げられ、終始、何とかこの不気味な日本人女性を理解しようという温情的なもの。
そのうえ、アルバータ大学の現代日本社会学専門とする教授まで登場させ、「日本では未婚の母は、まったく社会規範に反する行為としてみなされ、家族全体に恥辱と汚名をもたらす」とまで説明してくれたというから、恐れ入谷の鬼子母神。

2002年9月9日カナダ・アルバータ州の裁判所で、結局、「第一級殺人罪」ほど悪質な計画性はないが、「故殺罪」よりは重く、明らかに殺意はあったとされる「second degree murder(第二級殺人罪)」で起訴されたフライティガールは、懲役8年の実刑判決。
マーチン裁判長は公判で、「カナディアン・クラップもこの事件に対して道義的責任を負うに値する。フライティガールの両親が彼女に仕送りしていた月2000ドルのお金を浪費する無責任で犯罪的な行為が、家族を絶望と憂鬱に陥れた。もしも『人間の良心』についてこの裁判が行われるなら、カナディアン・クラップはおそらくフライティガールとともに被告席に座ることになっていだろう」と述べたうえ、「悲しいことに、育てることができなくなった母と、育てようとしなかった父のもとに生まれてきたのは、子どもたちの不運でした。それでも、子どもたちの死の直接の責任は、カナディアン・クラップではなくフライティガールにあります」と明快に解説。
それに対し、10~14年の求刑をした検察側は、「被告は女性のための緊急シェルターに駆け込んだり、子どもたちをベビーシッターや児童施設に預けたりした時期もあったのに、最終的にはそういった制度や施設を無視。それは、子どもたちのことよりも自分の欲求を満足させることを選んだ、ジコチュウかつ正常な状態での判断によるものだ」とこれまた明快に反論。
また、公判のためカナダを訪問していたフライティガールの両親は、声明文を発表。
「娘をサポートしてくれたカルガリーの人々に感謝の意を表すとともに、人々に不安を与え迷惑をかけたことを謝罪。カナダに暮らす日系市民の印象を傷つけたとして、日系社会の人々へのお詫び。自分たちの娘に2人も子どもがいたことをまったく知らなかった。事前に2人の孫の存在と娘のトラブルを知っていれば、なんとか力になってあげられたものを…。23歳の娘は、恐れて言えなかったようだが、喜んで家族に迎えたのに…娘が更正し、いつか社会に貢献するために人生の再スタートをきることを願い、信じています」。
なお、エドモントン女子刑務所に収監されていたフライティガールは、2006年5月、拘留期間も含め受刑年数が3分の2を経過したために開かれた仮釈放聴聞会で、国外追放措置を希望し、国外追放処分を受けている。
その際、フライティガールは「帰国後は心理カウンセリングを受けたり、ビジネススクールに行きたい」と語っていたのだが…。

It must be convenient for a narcissist only to get the Web information one-sidedly(ナルシストにとってweb情報は都合のいいものばかり)!

To be continued…
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