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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

プロファイリング-8 普通の人々の日常的犯罪-5

Even though it must be right that there is no accounting for tastes , also they might be the criminals(いくら蓼食う虫も好き好きといっても、ヤツラもまた犯罪者では)!

東仙坊、今回は、現代社会のモラル喪失の現状を、ご親切にかつご丁寧に、我々の目の前で実演してくださっている、人類史上類を見ない卓越した、社会的に高い地位(?)にいらっしゃる、普通良識人たちを取り上げたい。
その前に、東仙坊のつたない英語認識では、すでにブログでも何回か書き込んだ通り、「傷つけたり苦痛を与えたりしない慈悲や思いやりのある人間味」という意味は、humaneであること。
humanには、「動物や機械に対しての人の」、「典型的な普通の人々の弱さや感情の」という意味しかないことをお断りしておきたい。
To err is human, to forgive divine.(過ちは人の常、許すのは神のわざ)の諺も、そんな意味のはず。
どうあれ、そんなhumanな普通良識人たちの傲岸不遜さ、唯我独尊の愚劣さを言及してみたい。

4月15日、BPO(放送倫理・番組向上機構)、「放送倫理検証委員会」が、光市母子殺害事件差し戻し控訴審を扱ったテレビ8局、20番組33本に対し、「多くが感情的に制作されていた。広範な視聴者の知る権利に応えなかった」という意見書を発表した。
被告弁護団対被害者遺族という対立構造を描き、弁護団の異様さに反発し、被害者遺族に共感する内容だった
公平性の原則を十分に満たさない番組は、視聴者の認識、思考や行動にストレートに影響する
来年5月に始まる裁判員制度でテレビが不当な影響を与え、誤った裁判を行うことになれば非常に重大な問題になる
などと、おっしゃられている。
しかも、「一方的な弁護士批判や事実無根、歪曲があった」と市民団体(マスコミさん方、この書き方、お願いだから、もう止めて。これじゃ、我々小市民の代表の団体のように見えるから…。こと東仙坊、そんな優秀で清廉潔白で自分だけが正義漢と不遜に思い込み、幸福に生きている方々と違うので、無性に腹が立ってくる)からの指摘で、調査されたというから、何をか言わんや、本当にお疲れさまでした。
その公平で傑出した鑑識眼で33本、さぞや大変なお時間だったでしょう、ご苦労様でした。
お陰さまで、東仙坊、エルビス・プレスリーの「I can't help falling in love with you」のイントロ部分をイヤというほど思い出し、実に楽しい時間を過ごせました。
wise men say only a fool rush in(賢い方々は言う、馬鹿はすぐあわててその気になる)……
本当におっしゃられる通りです。
我々馬鹿どもは、不公平で、不当なテレビ報道にすぐに流され、何でも、「へぇーそうなんだ。そうなんだ」と 、すぐに信じ込んでしまうので、到底、裁判員になれませんし、裁判員になるためにテレビも観られないくらいなら、それに抗議して鉄道自殺するしかなくなります。
ところで、そんな見識の高い「放送倫理検証委員会」のhumanな委員の方々に、まだ自殺したくないので、いくつかお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?
これでも、東仙坊、まだhumaneでありたいので、どうしてもお応え頂きたいのですが?

多くが感情的に制作されていた
テレビというメディアに感情がなかったら、一体誰が観るのでしょうか?
東仙坊のような馬鹿でも、エモーションのないテレビなんか絶対に観ませんが?


広範な視聴者の知る権利に応えてなかった
その広範とは、どういう広い範囲なのでしょうか?
ぜひ、年齢(?)なら生後18日から100歳までとか、頭脳レベル(?)がIQ50から150まで(偏差値はダメだと思うけど、甲から丙までも古すぎる)とか、具体的に挙げて欲しいのですが?
東仙坊に関して言えば、その知る権利を満たしてもらえていましたが?


弁護団の異様さに反発し
一応、異様さとおっしゃられているので、その裁判経緯を多少認識なさっているのでしょうが、東仙坊のような馬鹿でも、そんなテレビ報道がなくても、すでに彼ら弁護団の恥知らず度、異常さ、傍若無人振りは十分すぎるほど認識してしまっているのですが…。
多分、お忙しいあなた方のこと、もしかして「光市母子殺人事件」詳細をご存知ないのでは?
あるいは、知っていても知らない振りをしているのでは?と疑ってしまいますが…?


公平性の原則を十分に満たさない番組
テレビ放送開始以来、ところで、テレビが公平だった時ってあるのでしょうか?
隣の気の狂った国家主席のいる国の国民だってそんなことぐらい知っていると思うのですが?
東仙坊、物心付いて、テレビを見始めて以来、テレビが公平だなんて一度も期待したこともないのですが、それって、新聞でも同じだと思いませんか?


テレビが不当な影響を与え、誤った裁判になる
そもそも、こんな話が出てくると、裁判員制度導入そのものの根本的問題になると思うのですが、今の我が国のどこに、公平無私な日本人がいるのでしょうか?
この東仙坊をはじめ、日本人全員が裁判員になる資格がないと思うのですが?
それ以上に、自発的に思考できる人間でも、情報がいるはずですが、それでは一体何から情報を得れば何の影響もされずに判断することができるのでしょうか?
それよりも何よりも、その「不当な影響」って、一体何なのですか?


被害者遺族に共感する内容だった
この東仙坊の知る限り、例えそんなテレビ報道がなくても、その立派な市民団体の方々以外の日本中の全ての国民が(東仙坊、これだけはそう信じていたい)、すでに被害者遺族の夫に共感し、義憤を感じてしまっていたと思うのですが?

こんな高度情報化社会になって、そもそも国民のほとんどが、テレビ報道自体に興味がなくなっていることが、実はテレビ界で一番問題なのではないのですか?
笑止千万の「知らぬが仏」のような発言だと思うのですが?
ちなみに、こんな東仙坊のブログを読んでくださる方だっているのです。

この奇特なhumanな普通良識人の方々にお願いしたい。
もちろん、週刊誌などという低劣なものを普段お読みではないと思いますが、せめて「週刊新潮(4月3日号)」ぐらいは、トイレに入る時で結構ですから、お読み頂きたい。
それができないなら、webで、「花田紀凱の週刊誌ウオッチング(3月30日)」に目を通して頂きたい。
そして、その読後感を発表頂きたい。

そして、やはり触れざるを得ないのは、今、日本が世界に誇るべきすばらしくhumanな普通弁護団についてである。
その団長は、4月12日、広島市で、その変態餓鬼、口臭弁護団の愛玩ペットが書いたという(書かせた?)手紙を公開した。
「命尽き果てるまで謝罪を続けていきたい」
「生きていたいということが遺族をどれだけ苦しめているかを知ってしまったぼくは、身の置き所がない」
「私にとって大事なのは判決日ではない。4月14日(事件当日)です(?)」
東仙坊、この手紙のどこに反省の色があるのか、全くわからない。
アバタもエクボ。アバターはドクロ?
蓼食う虫も好き好き。他で喰う無私は好き好き?
残念ながら、東仙坊、このなぜか21人という大弁護団の誰一人に対しても、「優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きつくこと」ができない。
この意味わかりますか?シンポジウムで「屍姦再現写真」を前に、鬼畜発言をしながら大笑いしていたという、優秀な人権派の弁護士さん?
被害者遺族の夫に代わって…我々馬鹿者までが、本当に怒って、そんな気持ちにまでなることもあるんですよ?わかりますか?

そこで、念のため、この変態餓鬼が獄中から出したと言われている、いくつかの手紙の内容と比較しておきたい。

「7年そこそこで地表にひょっこり芽を出すからよろしくな」


これが少年法のもたらす現実ではないのか?

「選ばれし人間は、人類のため、社会のため悪さができる」


もしかして、自分の弁護団に対して言ったのかと東仙坊勘違いしてしまった。

「犬がある日かわいい犬と出合った。そのまま、やっちゃった、これは罪でしょうか」
「勝ったと言うべきか負けたと言うべきか?何か心に残るこのモヤ付き…。イヤね。つい相手のこと考えてしまってね…昔から傷をつけては逃げ勝っている…」
「ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。ありゃー調子づいてると僕もね、思うとりました。でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし…」
「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。被害者の夫は出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、ジャンキーは精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」
「5年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外に出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと2度目のギセイ者が出るかも」


どれも、凄く清らかで、たまらないほどhumanでカワイゲに溢れていると思わないか、どうだろう?
東仙坊、ただただ反吐が出る。
この変態餓鬼だけは、被害者遺族の夫じゃないが、絶対に許したくないし、許してはいけないと思わないか?
こんなにhumanな普通弁護団が付いていれば、死んでも更生できないと思わないか?
ところで、こんな変態餓鬼を大切に愛撫している、こんな普通弁護団に罪は本当にないのか?
それに、この変態餓鬼を愛し支えると宣言している、奇特な普通市民団体(?)には、何の罪もないのか?
そうでないなら、茫然自失、この世は闇としか思えない。
本当に我が国は、黒薔薇色社会になってしまったのかも知れない。
東仙坊、ハラワタが煮えくり返って、そこら中を蹴りまくっている。
もう一度聞きたい。
本当にこんな普通良識人たちに、何の罪もないのだろうか?
良心(りょうしん)の呵責(かしゃく)というものは、全然ないのだろうか?

Among those extraordinary ordinary peoples, what are we supposed to do (こんな異常な普通の人たちの中で、一体どうすればいいの)?


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東仙坊 

東仙坊 tohsenboh.jp
コピーライター歴三十有余年。人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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