東仙坊、なんとか3.9に再びブログをupでき、3・9・4・エブリシング!?
I'm happy to be honest, write this blog again(正直、もう一度、このブログを書き込めて幸せ)!
東仙坊、そのセンシティビティとデリカシーを臆面もなく売り物にしていたくせに、思わぬ「不覚」を取ってしまった。
それも、「深く」、「深く」、カラダだけでなく心にまで傷を負ってしまった。
そのせいで、唯一の生きがいであったこのブログまで、「不書く」になるという、実に情けないことになってしまった。
もっとも、こんなことをウダウダ再び書き込めるようになったこと自体が、メチャクチャ奇跡的なこととも言えるのだが…。
実際、「きさらぎ」は、まだ寒さが残っていて衣を更に着る月だから、「衣更着」とか、前年旧暦八月に雁がきて更に燕がくるころだから、「来更来」とか、陽気が更にくる月だから、「気更来」などと風情をたっぷり味わいつつも、いつも通りに、大地からのシグナルにも耳を傾けていた。
◆2月28日午前7時57分ごろ/福島県沖/M4.5;午後12時05分ごろ/福島県沖/M3.9;午後2時04分ごろ/大隅半島東方沖/M3.3;午後9時09分ごろ/東京湾/M3.0;午後11時16分ごろ/西表島付近/M3.3
◆3月1日午前4時47分ごろ/和歌山県北部/M3.1;午前5時16分ごろ/和歌山県北部/M2.6;午後6時34分ごろ/福島県沖/3.9;午後12時32分ごろ/山梨県中・西部/M2.5;午後7時54分ごろ/浦河沖/M3.7;午後10時42分ごろ/西表島付近/M5.7;午後11時06分ごろ/西表島付近/M3.1; 午後11時11分ごろ/西表島付近/M4.3;午後11時50分ごろ/西表島付近/M2.7
◆3月2日午前0時07分ごろ/西表島付近/M3.0;午前0時08分ごろ/西表島付近/M2.7;午前0時24分ごろ/西表島付近/M3.3;午前0時32分ごろ/西表島付近/M4.2;午前1時14分ごろ/西表島付近/M3.2;午前2時18分ごろ/西表島付近/M2.9;午前3時19分ごろ/十勝沖M3.9;午前3時39分ごろ/西表島付近/M3.0;午前4時59分ごろ/西表島付近/M2.9;午前11時01分ごろ/西表島付近/M3.2;午前11時15分ごろ/西表島付近/M3.4;午前11時19分ごろ/西表島付近/M3.2;午前11時44分ごろ/西表島付近/M4.1;午前11時53分ごろ/西表島付近/M3.2;午後12時42分ごろ/与那国島近海/M4.9;午後11時19分ごろ/西表島付近/M3.5
◆3月3日午前7時36分ごろ/八丈島東方沖/M4.5;午後2時38分ごろ/西表島付近/M3.1;午後11時38分ごろ/西表島付近/M3.8
◆3月4日午前7時03分ごろ/長野県中部/M3.0;午後1時57分ごろ/西表島付近/M3.5;午後5時40分ごろ/西表島付近/M3.3
◆3月5日午前3時23分ごろ/西表島付近/M3.0;午前4時52分ごろ/択捉島南東沖/M5.5;
この地震には、俄然着目すべき。
太平洋プレートが陸側の北米プレートの下に沈み込んでいる場所で、東日本大震災に匹敵するマグニチュード9級の超巨大地震の発生が30年以内の発生確率が最大で40%という超デリンジャラスゾーン。
とにかく、十勝沖、根室沖、色丹島から択捉島沖にかけての3領域には、厳重注意。
なぜなら、大津波を伴う地震が平均340~380年間隔で発生と推定されているのに、いまだナシ。
直近は約400年前で4㎞以上内陸まで津波が浸入したというのでは?
午後3時31分ごろ/千葉県北西部/M3.8
◆3月6日午前0時43分ごろ/宮城県沖/M3.8;午前1時26分ごろ/石川県西方沖/M3.8;午前1時30分ごろ/石川県西方沖/M3.7;午前5時55分ごろ/西表島付近/M3.1;午前7時23分ごろ/奄美大島近海/M2.9;午前7時38分ごろ/西表島付近/M3.2
そ、そ、それだけじゃない。
五輪フリークらしく極寒の平昌や江陵での競技に目を奪われつつも、29年振りにフロリダに雪が降り、あのナイアガラの滝やワニやイグアナやウミガメまでが凍りついたUSAの記録的大寒波、地中海のビーチやローマやナポリにまで雪が降り、この1週間だけでも60人超の凍死者が出たEUの大寒波についても、きちんと鋭敏にセンサーを働かせチェックしているはずだった。
そう、とっくにすべてに覚悟し、いつ「沖の干潟遥かなれども磯より潮の満つるがごとし」と死が一方的にやってきても仕方ないと、完璧に涅槃しているつもりだった。
と、と、ところが、その絶対的な存在である自分の死へ誘う病というものは、自分の希望通りに前もって懇切丁寧に予兆など与えてなどくれなかった。
とりわけ、「明日は明日の風が吹く」…ケセラセラと、健康に、カロリー摂取に、食生活に、適度な運動、睡眠に一切留意などしないばかりか、食事代わりにチェーンスモーキングをし続ける、東仙坊のような人間には、全く容赦なかった。
あれほど母のようにはなりたくないとずっと祈っていたのに、もう少しで母の二の舞になるところだった。
For the first time in my life, I was told that there is no hesitation in my illness(この年になって初めて、病気には一切の躊躇いがないということを知らされた)!
To be continued...