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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

東仙坊、人様のpcをお借りしての耳元への「囁き」!?-13

With the thing that the true consideration must be invisible(本当の思いやりは目に見えないものでは)?

東仙坊、卑下したほど日本人の美徳が失われてしまったのでは?と憂慮している。
だからこそ、前回あえて地震被災者中に見られる無遠慮に、苦言を呈したつもり。
「おにぎり2個しか食べていない」、「トイレが流れにくい」、「プライバシーがないからよく眠れない」、それが意図的な編集なのか、テレビのインタビューに答える被災者の言葉に、耳を疑った。
そんな折、ある避難所で、物資の奪い合いが起きたという小さなニュースを目にして、メチャクチャ悲しい気分になった。
「美しくない」、「日本人じゃない」、「どうしてしまったんだ、日本人」と瞬時に不快な気分になった。
不眠不休で被災者たちのために命懸けで代わりに働いている自衛隊員たちが、いまだに缶詰の食事で、フロにも入らず、便秘に悩みながらいるのに…。
「何と傲慢なのか?」、「自分の分は、自衛隊隊員たちに食べさせてあげてくださいとせめて言うぐらいの気概がないのか?」と、正直、義憤に駆られた。
本当にいつからここまで甘えるようになったのか?
実は、それと同じくらい、不快に感じていることがある。
誰も言わないので、またしても、東仙坊、言わざるを得ない。
それは、にわかにワサワサ出現してきたアスリートや芸能人を中心とした、チャリティー活動…。
「本当にそう感じているなら、テレビカメラのないところで普段からやってろよ!」と、ついつい言いたくなるほどのその違和感。
何だか伊達直人がいっぱい湧いてきたようでのようで、率直に言って、ムナクソ悪い。
というのも、外国のアスリートや芸能人(?)にとって、それはまさに日常。
今回の被災国日本に多額の寄付をしてくれた人々は、何も起きなくても、チャリティーに普段から粉骨砕身、力を入れているものでは?
日本で起きた災害に、日本のそれらの高潔でコマーシャル精神のない方々が、大きな寄付をしたり、募金活動をするのは、至極当然というより、ほとんど義務のはずでは?
それをわざわざ目に見えるところで実行する、何と情けなくてみっともないことよ。
本当に愛する我が日本は、無知蒙昧の遠慮知らずの美しくない国になり下がってしまったのか?
昔から私利私欲を棄て、人のために尽くす人間的な人は、そっとそういうことをやったと思うが…。
東仙坊、確信的にそれを指摘できる根拠は、マーケティングやパブリック・リレーションの一環として、その手法を奨励した経験があるから。
このストラティジーは、情に弱い日本人に対しては、まさに一石二鳥。
だからこそ、そっと見えないところで、やるのが日本人の思いやりだと思うが…。
その意味で、駆けつけたアメリカ海軍の兵士たちが、ロッカーにあった自分の食料や衣類をすべてそれぞれに「自分たちはまた支給されっるから」と差し出してくれたことの方が、よっぽど感動的だと思わないか?
そして、「ガンバレ、神戸!」を経験していた我がイチローが、「あまりそれを言うと、被災者の方々にかえって失礼」とばかりに、無言で1億円差し出したことの方が、オシャレだと思わないか?
それで俄然思い出したのが、今度の東日本大震災後、やたらテレビ画面に流れた、どなたかの「思いは見えなくても、思いやりは見える」という詩(?)も、メチャクチャ変だと思うが、どうだろう?
本物の思いやりは相手のマインドを考慮し、どこまでもそっと与えるものだと思うが…。
それだからこそ、国民一人一人がそっと送る、義援金700億円(3月31日現在)は、凄く美しいのでは?
それは、宗主国のTOMODACHIたちも同じ。
「Pray for Japan」と、すでに100億円の義援金。
この友情に応えるなら、我々日本人も米国人に対し、そろそろ本気になるべきでは?
ふと、なぜ、そんなことを書き込みたくなったかと言うと、米国人の日本人に対する買いかぶりに、思いっきり赤面したため…。

3月21日付のUSA「ニューヨーク・タイムズ」は、福島第1原発で危険に立ち向かう作業員の献身ぶりを称賛し、「The Japanese Could Teach Us a Thing or Two(我々は日本人から一つか二つ教えられる)」というニコラス・クリストフの論評記事を掲載。

地震、津波、放射能漏れの三重の災難に見舞われ内部崩壊してもいいはずなのに以前よりより強固に一つに結ばれる日本から何かを学べる。
日本の無私、克己、修養は、福島第一原発でグチ一つ言わない無名の作業員たちの放射能汚染を顧みず仲間の市民のために命懸けで完全なメルトダウンを起こさないように努力の日々によって体現されている。
忠犬八公のように、その作業員たちは、その忠誠心、こんなに負けない忍耐強さで銅像にされるかもしれない。
今まで、私はときどき我が国への敵意を感じた。
なぜなら、しばしば日本政府の無能な二枚舌のせいでもうダメかと思わされたから。
しかし、真実は、日本の礼儀正しさと無私に、ガマンに元気にさせられたといえる。
そこに、日本の国民的名誉の芯のようなものがあったからだ。
チープなレストランでも土砂降りの雨が降りだしたら2、3日中に返せばいいからと傘を貸してくれるし、地下鉄で財布を失くしても取り戻せることでも、それは証明された。
地震で画面上では国が二分された。
それは日本政府にとっては不運でも、日本人たちにとっては、そんな立ち直れないと思える困難でも問題なく見事にクリアできることでしかないもの。
何しろ、自転車を2台も失くした人でもそれは見つかると思っているし、若い3人に食べ物を盗まれたミニマートの経営者でさえ、「盗んだのは日本人じゃない、外国人だ」というくらいなのだから…。


どうだろう?
かなり皮肉交じりで、かつその無私と礼儀正しさを過信しているかもしれないが 、どこか日本人の連帯感を畏敬している気がしないか?
これって、大昔の日本人について語っていると思わないか?

Is the Japanese really still selflessness politely(本当に今なお日本人は礼儀正しく無私なのか)?

To be continued...













profile

東仙坊 

東仙坊 tohsenboh.jp
コピーライター歴三十有余年。人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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