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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

彷徨う大和魂-35 安穏火、消せよ!?-59

Assuming not permitting it even if we apologize, we should fight against anti-Japan terrorism(謝罪しても許してくれないということを前提に、我々は反日テロと戦うべき)!

実は、東仙坊、最近、かなりリベラルになったと感心しているのが、USAのウォールストリート・ジャーナル。
我が日本も、プロパガンダには、旭日新聞のように頭の腐ったニューヨークタイムズより、ウォールストリート・ジャーナルを有効利用すべき。
◎1月13日、そのウォールストリート・ジャーナルは、専属コラムニストで中国アジア専門家アンドリュー・ブラウンの「日本にとって謝罪表明は難しい技だ」と題する論文を掲載。
「安倍晋三首相が70年談話で日本の戦時行動を全面的に謝罪して、中韓両国との関係改善や東アジアでの和解を図るべきだという声がUSAでも上がっているが、事態はそんなに簡単ではない。日本がすでに宮沢喜一首相や村山富市首相らが数え切れないほど謝罪を述べてきた。それでも、中韓両国との関係改善や和解をもたらさなかった。特に中国は共産党政権が反日感情を政権保持の支えにし、『謝罪しない日本』を軍拡の正当化の理由に使っているから、日本の謝罪は決して受け入れない。ダートマス大学准教授若手日本研究学者ジェニファー・リンドも、近著『謝罪国家=国際政治での謝罪』で、『安倍晋三首相が何を述べても中韓両国を満足させはしない。特に中国は日本からどんな謝罪の表明があっても、不満を述べ続ける』という見解を示している」
実際、ダートマス大学准教授若手日本研究学者ジェニファー・リンド自身、ここ数年、USAの大手紙誌への寄稿で日本の「謝罪の危険」を説き、「日本の戦時の行為の対外的な謝罪は非生産的であり、止めるべきだ。謝罪は国内的な分裂をもたらす。日本は戦後の民主主義確立、経済繁栄、平和的努力などを対外的に強調すべきだ。中国共産党が自らの統治の正当性を支えるために国内の反日感情を煽ってきたことは周知の事実だ」と強調し続けていたとか。
ウェスリアン大学教授国際政治学者アシュラブ・ラシュディも、近著で国家による謝罪一般について「謝罪は相手の許しが前提となり、心情の世界に入るため、そもそもの謝罪の原因となった行為の責任や歴史の認識を曖昧にしてしまう」と主張し、謝罪の効用自体を否定。
オークランド大学教授日本研究学者ジェーン・ヤマザキも、近著「第二次大戦への日本の謝罪」で、戦後の日本は異様なほどの回数、謝罪したとして、他の諸国は対外的な国家謝罪は自国の立場の国際的な低下、自国民の自国への誇りの傷つけ、もう自己を弁護できない自国の先人への不公正などの理由により、しないのだ。日本の国家謝罪を外交手段とみるならば完全な失敗だ。首相レベルで中韓両国などに何度も謝罪を述べたが、関係は改善されず、国際的にも日本が本当には反省していないという指摘が消えていない。謝罪が成果を上げるには受け手がそれを受け入れることが不可欠だが、中韓両国は歴史問題での日本との和解の意図はない」と報告。
どうだろう?
このことを我が日本はしっかりと脳裏に焼きつけて、反日テロと戦うべきなのでは?
そ、そ、それなのに、中国にメロメロの内なる売国奴の代表格自民党二階俊博総務会長が、安倍晋三首相が今夏に発表する戦後70年談話について、「できれば全党一致が望ましい。各党と調整を図るのが当然だ。共産、社民両党とも私なら話し合いをする(?)」とまたアンポンタン発言…。
東仙坊、時代遅れの利権やオヤジ、植民地支配と侵略を謝罪した戦後50年の「村山談話」、戦後60年の「小泉談話」、過去の首相談話で、野党と事前に協議した例が1回でもあったか?と思わずテレビに向かって大声。
たちまち、我が国の売国奴新聞屋どもが、欣喜雀躍。
1月29日、毎日新聞「『戦後70談話』は必要か?」
村山談話発表時の政府高官(匿名??)の「あの談話は、自民党単独でも社会党単独でもなく、いろんな思想の人たちが集まって決定しました。…村山富市首相の熱意が大きかったのは確かですが、決して個人の思想などではなく、心ある政治家たちや行政の人たちの思いが一つになった内閣総理大臣談話なんです」とあたかも衆知を結集して談話を作成したかのように作為的記事。
そんなものは一部の人間だけで話を進めるのが当たり前なのでは?
事実、村山内閣の閣僚すら事前に談話が発表されることも知らされていなかったというのでは?
村山内閣総務庁長官江藤隆美、「8月15日の閣議で突然、首相談話が出てきて仰天した」。
運輸相平沼赳夫、「事前の相談は全くなく、唐突に出た。社会党出身とはいえ、何でこんなの出すのかな?と思った」
どう考えたって、名誉欲に駆られたサプアにおもねる村山富市首相の一世一代の騙し討ち。
実際、野坂浩賢官房長官も、「異議を申し立てる閣僚がいれば、内閣の方針に合わないということで即刻、罷免するつもりでいた」と告白しているのでは?
それだけじゃない。
世紀の国益損ねオトコ奴河野洋平も、2009年7月29日付旭日新聞で、「村山・河野・武村の3者が手を握り、戦後50年の村山首相談話を作った」と言っていたはず。
もっとも、村山富市首相自身、自署「村山富市の証言録(新生舎出版)」の中で、後の首相も村山談話を踏襲すると思ったか?との問いに、「いやいや、そんなことまでは想定してませんでしたね。…後の首相がそれを踏襲してくれるだろうというような、期待はあったにしても、誰がなるかわからないのでね、そこまで考えて談話を出したワケではないね」と応えているというから、何もかもが適当。
そ、そ、そうしていたら、オタンチンの二階俊博総務会長、2月13日の金曜日、なぜか観光業界や地方自治体の関係者ら約1400人も引き連れサプアを訪問。
安倍晋三首相の親書を手渡し(?)、更年期障害大統領とにこやかに会談。
思わず2人はお似合いと…と、一言。
案の定、60歳過ぎのお嬢さん、「今年は戦後70年の年で歴史問題が話題になろうが、韓日双方が慎重に対処していくことが大事。慰安婦問題は元慰安婦たちが生きているうちに問題を解決したい」と相変らずのお言葉。
それなのに、オタンチンの二階俊博総務会長、記者団に「まったくその通りだ」と述べ、認識が一致したことを明らかにしたというから、救い難い売国奴の本性発揮。
それでいて、加藤達也前支局長の出国禁止状態が続いている問題で、「日本国民は皆心配している。自由に日本に渡航し家族と会えるようになることを望む」との意向を伝えたというのに、「問題は司法の場に移っており、司法の判断に委ねるしかない」と応えられてしまうテイタラク。
その結果、お嬢さん大統領への名誉棄損の罪で在宅起訴された産経新聞前ソウル支局長の「日本国内の社会問題を取材する新たな仕事をできず、憔悴している。これからも裁判に誠実に臨む」という出国禁止延長措置の執行停止を求める仮処分申請も、ソウル行政裁判所は、「人事発令を猶予すれば、解決できる問題。出国を認めると、刑事裁判への出席を担保できなない」と棄却決定。
まさに、ISISの人質状態。
それで気にることが、1つ。
奥方が熱心な韓流ファンという安倍晋三首相。
そうでなくても、日韓議員連盟副幹事長の安倍晋三首相、本当は陰でサプアを支えているのでは?という疑念?
確か、第一次安倍政権でも、「アジアゲートウェイ構想」とかなんとか、サプア移民を受け入れやすい環境づくりを創っていたはず?
そうでなければ、もう少し反日テロに鮮明に反旗を翻すはずでは?
クワバラ、クワバラ…。
そこで、東仙坊、サプアを知るにはサプア人の反日モンスター・バスターの声に耳を傾けたい。◎1月3日、「サプア人の反日感情は、日本人への劣等感の表れだ」。
サプア人作家柳舜夏は、親日派への糾弾が日常茶飯事であるサプアに住みながら、日韓比較論「サプア人の癇癪 日本人の微笑み(小学館)」のなかで、サプア人の反日コンプレックスを厳しく批判しているとか…。
比較できるすべての事柄で、日本はよりサプアはるかに先んじている。尊重すべき対象にはなっても、蔑視対象にはならない。根拠がない日本への蔑視は、自激之心(劣等感)の赤裸々な露出以外の何物でもない。
国家間で表れる自激之心は、やがて国粋主義の根源となる。
国粋主義の閉鎖性は、国家を最初から麻痺させる慢性病のようなものだ。
「チョッパリ」という日本人の蔑称は、新国粋主義、新鎖国主義的な防御意識であり、コンプレックスを抱えた嫉妬に過ぎない。卑称や蔑称は、それを発した者に跳ね返ってくるのが常である。
「チョッパリ」──それは自尊心を踏みにじられた者の哀れな呻きに過ぎない。しかも、日本には「チョッパリ」や「倭人」のような蔑称、卑語がない。彼らは私たちをひどく蔑むときも、その呼称はそのまま「サプア人」であり「朝鮮人」だ。批判や拒否や攻撃は、堂々とした正攻法であってこそ意味があり、正攻法には一定の力がともなわれなければならない。
彼らが軍国主義的な挑発をしたとき、その挑発に相応した報復をする力がなければ、どんな声も基本的に力を持たない。そのような場合には、声の代わりに刀を研がなければならない。刀を研いで力を育てて、彼らを蔑んでも大丈夫であるコンテンツのいくつかでも作り出さなければならない。その道しかない。力が弱い状態でいくら声をあげても効果がない。
謝罪要求も同様である。「謝罪しなければ、ただじゃおかない」という脅迫も間違いだ。懲らしめる力がないのにどのように懲らしめられるというのか。何を、どのように懲らしめられるのか。
…ソウルに住むある若いイギリス人女性がこんなことを言ったことがある。
「サプアで気をつけていることの一つは、見知らぬ人に向かって微笑まないことです。なぜなら、それが私のことを誤解させたり、あるいは、相手の気分をワケもなく損ねたりするからです」「誤解させる」というのは、自分を売春婦と誤認させるということだった。
その女性は、サプア人男性から「いくらだ?」という攻撃的な質問を数回されて以降、ソウルの人々のように無表情でいることにしたそうだ。それはサプア人女性であっても同じだという。見知らぬ男性だけでなく、顔見知りの男性に女性が微笑んだ場合、売春婦まではいかずとも、その微笑みが「軽い女」と誤解させる可能性が大きいそうだ。
サプア にきた外国人が戸惑うことが2つあるという。
「どの人も腹を立てているように見える」ということと「会話がまるで言い争いのように聞こえる」ということだ。
一方、日本を初めて訪れたサプア人は、日本人の親切を「過度」で「堅苦しい」と感じることがある。
これは当然かもしれない。
なぜなら、サプアでの不親切に慣れ切ってしまっているからだ。
日本人の親切心に下心があるのではないかと疑ってかかる人々もいる。
それもまた当然だ。親切の裏に腹黒さが潜む韓国の風習が染みついているからだ。
日本人を疑ってかかるサプア人の中には、「日本人には『本音と建て前』があり、外と中が違う」と考えている人も少なくない。彼らは日本人の親切心を簡単に認めようとしない。いずれにせよ、笑いは余裕の、癇癪は困窮の表れではないだろうか。笑った顔は優れて見え、癇癪を起こした顔は劣って見える。わざわざ劣って見せる理由はない。まして笑いは万病の薬と言うではないか。

実際、この本はサプアで、「サプア人はなぜ日本への復讐心と劣等感を拭い去れないのか?」と「あなたたちの日本」というタイトルで出版され、昨年夏、大論争を巻き起こしているとも。
また、その著者柳舜夏と「恨の法廷」の作家井沢元彦が、サプアが抱える「歴史の宿痾」を対論をしているとも。
柳:私が主張したいのは、サプアは名分にこだわり続けたために、実質を失ってきたのではないかということです。
植民地支配の解放から70年以上経過してなお、政治、経済、文化において日本に従属せざるをえない状況に劣等感を抱えたまま、反日を叫び続けるばかり。事実上、サプアは日本に飼われた「鵜」に成り下がっている。それが悔しければ、そんな「反日劣等感」など捨て去って国際社会の中で力を養え、というのが私の長年の持論です。
井沢:反日劣等感はどうすれば捨てられますか?
柳:効果的な方法がわかっているのなら、こんなに悩んだりしません(笑)。
井沢:私は、サプアの歴史学者が声を上げるべきだと思いますね。
柳:サプアで日本や日韓関係の研究で目立つと、親日派の烙印を押され、学者生命を絶たれかねない。
井沢:ソウル大の李栄薫教授は、慰安婦は売春婦だと主張したために暴行を受け、元慰安婦らに土下座させられたことがありましたね。
柳:私の出身大学には日本研究所がありますが、そこから出た論文は1本もありません。サプアの日本関連学科はほとんどが語学中心で、日本学ではない。
15年ほど前の話ですが、日本にはサプアの歴史や社会に関する論文を書ける研究者が250人いたのに対し、サプアには日本の論文を書ける研究者が1人もいなかった。今もそんなに変わっていません。
井沢:それは健全ではないですね。外部の視線がなければ、独りよがりで批判を受け付けない国民性を育ててしまうのではないですか。
柳:否定できない現実です。
井沢:それでも私は、歴史学者が勇気をもって声を上げるべきだと思います。歴史学者がやるべきことを文学者である柳さんがやっているのがオカシイ。
柳:私が本に書いたようなことは、実は30年間言い続けていて、若い研究者らにも呼びかけてきたんですが、何も変わらなかった。アカデミズムの世界にも反日が巣食っている。
井沢:ジャーナリズムというのは現在の事実を、歴史学というのは過去の事実を明らかにすることです。その二つが反日というイデオロギーで歪められているのは、サプアにとって決してよいことではない。
柳:私の本に対しても歴史学者からの反応はほとんどなくて、ジャーナリストについても一部の人は反応していますが、netのマイナーメディアの人たちばかりです。
産経新聞加藤支局長の起訴についても、net上の書き込みでは、ほとんどが政府を批判していますが、メジャーなマスコミは口をつぐんでいます。先生はサプアが反日を克服するアイデアをお持ちですか?
井沢:やはりnetやコミックなどわかりやすい表現手段を使うことでしょう。たとえば、サプアの「独立門」は日本から独立したときに建てられたと多くの人が信じているけど、実は日清戦争で日本が勝ったことで中国から独立したときに建てられたものなんだよと、基本的な歴史的事実を平易に伝えていくところから始めてはいかがでしょうか。
柳:参考にさせていただきます。この本の出版は作家として最後の戦争だと思っていますので、見守っていてください。

どうだろう?
かなり核心に迫っているのでは?

At first we should begin it because we let an intellectual with the intelligence attacked in Korea by an anti-Japan monster must take refuge in Japan(まず最初に、サプアで反日モンスターに襲撃されている知性のある知識人を日本に亡命させることから始めるべき)!

To be continued...




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人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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