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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

東仙坊から、小さなお世話の曽野綾子全面擁護論!?

For a politician and the journalist who should be the professional that must be full of intelligence, why is there no intelligence to here(知性豊かなプロファッショナルであるべき政治屋やジャーナリストに、なぜここまで知性がないのか)?

東仙坊、ある教師を職業としていたウツケモノの言動に、日本の矜持をモラルを破壊しているイイヒトぶった民主的な平和主義者の正体を垣間見た気がして、頬がコワバっている。
さぞかし、このようなウツケモノどもが、普段は「人間はかくあるべし」と言っているに違いないと、鳥肌が立ってもいる。
●2月13日、福島県教育委員会は、酒気帯び運転で昨年12月に摘発された福島県立磐城高教諭山崎剛(47歳)なるウツケモノを懲戒免職と発表。
何でも、昨年12月28日午後5時ごろ、福島県いわき市の自宅で、500ミリリットルの缶ビール3本を飲み、仮眠を取るなどした(?)約3時間半後に、車を運転して市内の飲食店に向かい、飲酒で摘発されたとき「飲酒しても自分ならば運転して大丈夫だと思っていたとのたまわったとか。コヤツのニュースの報に接し、すぐ思い浮かべたのことが、いくつか…。
①ISISによる日本人人質事件で、日本政府が、そして、日本人のすべてが杞憂しているときに、首相官邸前で摩訶不思議なデモを行った不気味なヒトびと。
「平和憲法(?)を守れ! 武力で平和はつくれない(?)! 集団的自衛権、反対ー! 戦争反対! 命が大事! 政府の責任! 戦争支援、絶対反対!」と大音量で叫びながら、一言もISISを非難しなかった気の狂ったヒトびと。
何でも、「官邸前DISCO化計画」と称したイベントで、「世界平和を願い踊る」のが目的だったとか。
すると、参加した本物の売国奴で影の元慰安婦問題の立役者社民党福島瑞穂副党首が、「官邸前で、歌とダンスで、戦争反対」とツイートし、ビール缶を手にした参加者と楽しそうに写った写真も掲載したというから、言語道断。
②その日本人人質事件での日本政府の対応を国会で、まさにガキのような言葉で醜悪に攻撃し続ける民主党なる保育園児集団。
その異様さは、昔の社会党以下。
もしこの事件がこの民主党保育園児政府のときに発生していたら、元慰安婦問題以上に世界の恥になっていたに違いないと思っているのは、東仙坊だけではあるまい。
政治は、ド素人では脆弱な対応しかできない。
誰がどう言おうと、本物の知見や洞察や強靭な精神が絶対不可欠なはず。
こんなド素人どもに権力を与えていたら、日本は間違いなく滅亡するはず。
その意味で、こんな民主党議員に投票できる非常識なヒトびとも間違いなくウツケモノども。
確かに、表現や集会や言論の自由は憲法で保障されている。
いくら事実を認識できずともトンチンカンな言論でも、モラルとして恥ずかしいこととでも、法を破らない限り許される。
とにかく、知性に欠けた勘違いジコチュウどもの存在は、その民主主義の限界を証明している。
それこそ、自分たちの言動がその人非人どもが金科玉条のように掲げる憲法の精神にさえもとるということにさえ気づいていない。
それゆえ、憲法第9条の規定が戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは、国際紛争の解決手段たる場合であって、これを実際の場合に適用すれば、侵略戦争ということになる。したがって、自衛のための戦争と武力行使はこの条項によって放棄されたのではない。また侵略に対して制裁を加える場合の戦争もこの条文の適用以外である」などとは冗談でも想像できないに違いない。
そもそも、日本語を理解する能力さえまともに所持していないのだから、到底ムリ。
③2月17日、サプア民族団体「竹島守護全国連帯(?)」は、島根県が2月22日に松江市で開催する「竹島の日」の式典について代表者5人が式典の日に松江市を訪れ抗議会見を行うと在ソウル日本大使館前で表明。
訪問時には島根県溝口善兵衛知事との面談を求めるとして「面談要請書」を大使館に渡そうとして警察と衝突。
そして、2月22日、島根県が「竹島の日」式典を開催したことに抗議するため、 サプア市民団体「独島郷友会(?)」メンバー約50人は、「日本は領有権主張をやめろ」などとシュプレヒコールを上げ、大使館に汚物の入ったプラスチック容器を投げ込もうとした50代オトコが現行犯逮捕。
これを受け、サプアのnetユーザーのコメント。
「日本は何でサプアを挑発するんだ? 日本とサプアが対立してもよいことは1つもないのに」
「日本はサプアの父親なのに…(?)。息子の教育を間違えてしまったようだ」
「もうウンザリ。国際裁判所で判断してもらおう」

実は、東仙坊、この在サプア日本大使館前のデモ隊のサプアのヒトびと、サプア大使館付近や松江市で「竹島を返せ!」とガナる日本の右翼(?)と思し召しヒトびと、名護署前で不法逮捕と無許可デモをする沖縄(?)の約50人のヒトびとが、みんな同じ顔に観えて、正直、戦慄。
とりわけ、まるでウクライナのドネツクやルガンスク、中国のウイグルになりたいかのように叫ぶ沖縄(?)のヒトびとには、どこか絶望的な気分…。
とにもかくにも、これらのヒトびとに共通するマインドは、極めて表層的で浅薄で独り善がりな自己陶酔。
しかも、そこそこには罪の意識、良心の呵責、共感、ロイアリティを感じてないワケではないが、善悪の判断を自分が育った狭小なサブカルチャーやグループの規範や期待に基づいてしかできないことが、致命的な欠陥。
そのために、大袈裟にパフォーマンスをしているような感情表現しかできず、周りに認められたいだけで誘われたり強く同意を求められるとついつい従ってしまう、本物の自我を持てないヒトびとだから、余計に始末が悪いもの。
つまり、本来の人間が持つ崇高でプレシャスなな内面世界を知らないままだから、本当の意味で他人の感情世界を斟酌したりセンスティブに感じ取ったりすることができないウツケモノ。
それゆえ、極度のナルシストで自分は特別だという意識が強く、自分の失敗を何でも他人のせいにするので、当然のごとく他人に対する思いやりに欠け、無責任でその場で衝動的な行動を取り、自責の念も後悔の念も羞恥心もなく、社会の規範やルールが自分には当てはまらないのだからと臆することなく法やルールを破り、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、自分の好きなように振る舞うだけ。
また、自分にとって必要なとき以外は、友人を欲しがらないので、少なくとも本当の友人はいない。
仮に友人がいても、その繋がりが希薄で、表面的につき合っているだけ。
それでいて、習慣的に人を欺き巧妙に操ったりすることが得意で、外面を取り繕うことがウマいので、普段は普通の人に混じることに巧妙だから、ますます最悪。
そもそも、ウソをつきたいからウソをつくんだというような感覚のペテン師のようなものだから、そんなことは簡単。
さらに、その行動の原点は、すべてが自分が楽しいかどうかで、ある行為が刺激的で楽しくて後のことを考えずにすむのなら、それを躊躇いなくやるから、本当にいい迷惑。
一言で言ったら、典型的な「Sociopath(ソシオパス:社会病質者)」。
えっ、サプア人のことかと思ったって?
それは今回のテーマではないので、ご勘弁を。
ソシオパスとは、犯罪心理学者ロバート・D・ヘアが定義するところの「良心が異常に欠如/他者に冷淡で共感しない/慢性的に平然と嘘をつく/行動に対する責任が全く取れない/罪悪感が皆無/自尊心が過大で自己中心的/口が達者で表面は魅力的(?)」なヒトのこと。
行動遺伝学者デヴィッド・リッケンによれば、「反社会的ソシオパス的人格は、親の育て方などによる後天的なもの」で、あのサイコパス(反社会的サイコパス的人格は元来の性格、気質などの先天的なもの)とほんの少し違うだけ。
どうだろう?
本当にモラル完全崩壊の我が日本に、そんなソシオパスがゴロゴロいると思わないか?
これもそれも、日本人には本来フィットしない「個」なるものを、戦後ひたすら重視する教育をしてきたせいなのでは?
「個性を伸ばせ!」とか、「自己を確立せよ!」といったワケのわからない教育してきたから、こんな惨めな結果になったのでは?
第一、「自分探し」って、一体何?
生れた瞬間から、その人間の存在は、世界で、歴史的にも、それこそ永遠に唯一無二の存在で、その人間の中にすでに何人とも同じでない絶対的個性やこの世でたった一つの自分らしさを備えているのでは?
誰が何を言おうと、「自分探し」をしているのはすでに自分自身なのでは?
その意味で、教育とは思いやりを持って人とコミュニケーションする術を教えるものでなければならないのでは?
さて、ここからが今回のメインテーマ。
上坂冬子のご逝去以来、それに80歳の齢を超えたせいか、その舌鋒にシャープさが増していた曽野綾子のコラムがなぜか非難の渦中にある。
それも、アパルトヘイトを許容し美化するかのようなコラムだというから、東仙坊、思わず絶句。日本人以外ならいざ知らず、ここまで普通の日本語文章を読み取れない日本人のトウヘンボクがいるということに、ビックリ仰天…。
しかも、そのコラムを既読していたから、東仙坊、メチャクチャ義憤に駆られている。
ここは、まず、ピントのずれたその批判の言葉を先に。
◎ロイター、「日本の首相の元アドバイザーがアパルトヘイトを賛美し、首相に恥をかかせる」、「日本にダメージを与える発言。東京は海外からのイメージダウンを避けようと必死になるだろう」
◎タイムズ、「日本の首相側近が外国人労働者を隔離するよう要求」
◎インディペンデント、「日本の首相が外国人労働者に対するアパルトヘイト政策を促される」
◎ウェブメディア・デイリービースト(?)は、「大新聞がこんな記事を載せたら、国中の差別主義者を勇気づけることだろう」
◎ウォールストリートジャーナル、「作家が移民と人種差別についてのコラムで騒ぎを招く」、「国際社会の一員として恥ずべき考え」、「作家は女性は出産後、仕事を辞めるべきだと発言した」
◎ニューズウィーク、「日本の主要メディアがこの問題で批判を躊躇している。あり得る理由として、首相と主要メディア幹部が会食を繰り返している」
◎南アフリカ・モハウ・ペコ駐日大使、「アパルトヘイトを許容し、美化した。行き過ぎた、恥ずべき提案。アパルトヘイト政策は人道に対する犯罪。著者は、20~30年前の南アフリカが人種に基づく住宅隔離政策を施行したことを回想し、他のアジア諸国からの介護労働者の労働関連移民について、日本も同様の政策を実施することを奨励している。白人、黒人、アジア人が別々に生活するという考えを支持するとも述べている。要するに、これはアパルトヘイトを容認し、賛美している。極めて忌まわしい提案である。南アフリカのアパルトヘイト政策を振り返り、国連で人道に対する罪と宣言されていることを踏まえ、21世紀において世界中のいかなる場所においても皮膚色などの分類によって差別することは絶対に正当化できない」。
◎NPO法人アフリカ日本協議会(?)、「国際社会から『人道に対する罪』と強く非難されてきたアパルトヘイトを擁護し、さらにそれを日本でも導入せよとの曽野綾子の主張は言語道断であり、強く抗議いたします」
次に、これに対する産経新聞と曽野綾子の対応。
◇産経新聞小林毅執行役員東京編集局長は「コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えております。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」
◇曽野綾子「アパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱していない。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」
とりわけ、得意の針小棒大な扱いをした難癖とリベンジに燃える旭日新聞への解答。
曽野綾子「私はブログやツイッターなどと関係のない世界で生きて来て、今回、まちがった情報に基づいて興奮している人々を知りました。私が安倍総理のアドヴァイザーであったことなど一度もありません。そのような記事を配信した新聞は、日本のであろうと、外国のであろうと、その根拠を示す責任があります。もし示せない時には記事の訂正をされるのがマスコミの良心というものでしょう。私は、アパルトヘイトを称揚したことなどありませんが、「チャイナ・タウン」や「リトル・東京」の存在はいいものでしょう」
2月17日、TBSラジオの番組で荻上チキのインタビューでの曽野綾子コメント。
「ゲットーみたい考え方って私は考えられない。強制的な居住区ではなく、自発的な居住区について書いたものだ」、「南アフリカに訪問したのはアパルトヘイトが終わった1992年ころで、アパルトヘイト時代の居住区を日本で導入することについては想像できない」、南アフリカ駐日大使などから抗議を受けたことについて、「まずい文章だと言われればそうかもしれないなということは言えますけれども、まずい文章というのは下手くそという意味で、しまったことを書いたという意味ではないです」。
東仙坊的には、ぜひヒドイ作為的翻訳で英語にした旭日新聞の手下のジャパンタイムズにも、英語で反論して欲しいものだが…。
ところで、知性のないヒトたち、日本の情けないソシオパスどもや海外のセンシティビティーとデリカシーとスマートネスに欠けるイディオットどもに、今さら、何も言うつもりはないが、この曽野綾子のコラムへの見解を精査して述べておきたい。
2月11日掲載の曽野綾子のコラム「透明な歳月の光」は、「労働力不足と移民」というテーマで「『適度な距離』保ち受け入れを」とサブキャッチフレーズ…。
①このコラムのポイントは、どこまでも日本のヤングが昔のように今もどこの国でもあるように孫が祖母の面倒を看る「やさしさ」があればすむものだが、今の日本のヤングには望めない。
それゆえ、イヤでも高齢者介護のために労働移民を受けざるを得ない。
それには、今のように厳格に資格や語学力をバリアにしてはいけない。
それこそ、日本語が話せなくても、衛生の知識さえなくても構わない。
ちゃんと高齢者と対峙できる人ならそれでOK。
ただし、そうなると世界一のお人好し国民のさらに気のいいお年寄りのこと、ハナからカモにしにくるヒトもいるだろうから、不法移民はダメ。
ちゃんと水際でチェックすべし。
それでも安全じゃいないうえ、基本的に「外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業だ」。
一緒に暮らせば簡単に理解し合えるものではない。
生活文化や生活慣習や歴史観の相違、とりわけ宗教観などでいろいろなシガラミが生まれ、それを乗り越えるのは簡単じゃない。
②曽野綾子はそのニュアンスをリアルに伝えようと、「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいいと思うようになった」と述べている。
それを具体的に示そうと、「南アフリカのヨハネスブルグにある白人だけが住んでいた一軒のマンションがあった。以前それは白人だけが住んでいた集合住宅だったが、人種差別の廃止以来、後に黒人も住むようになった。ところがこの共同生活は間もなく破綻した」と述べる。
その理由として、「黒人は基本的に大家族主義だ…白人やアジア人なら常識として夫婦と子供2人ぐらいが住むはずの1区画に20~30人が住みだしたのである」と述べ、そのせいで水が出なくなり、白人は出て行って、黒人だけが住むようになってしまったと述べている。
どうだろう?
これって、世界のそこら中で起きている問題なのでは?
大家族主義向きマンション、核家族向けマンション、単身者用マンション。
その中で核家族向けマンションに学校の1教室のように人が住んだら、いろいろと問題が起きるのは当然なのでは?
そこで、軋轢や解決策のないケンカを生まないように、出てゆく人が出てくるのも、また当然では?
そうなれば、自然と同じ生活スタイルを許容するヒトだけの居住空間ができるのでは?
この場合なら、水不足を厭わないヒトだけしか住めなくなるのでは?
「爾来、私は言っている。『人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい』」
と結論している。
どうだろう?
狭い部屋の床に寝る自由があるように、それで水不足はないだろうと訴える自由もあるし、フザケロ!出ていけ!と怒鳴る自由もあるはずだが、あえてそうなると波風が立つからその自分の自由を放棄してシブシブ出てゆく白人たちは、逆人種差別されていたことになるのでは?
実際、世界中に、日本中に、曽野綾子が指摘している通り、チャイナタウン、コリアタウン、ブラジルタウン、リトルトーキョー、いやいや、世界中の国の独自の街がある超現実は何?
日本で言えば、オウムタウン、ドラッグの更生タウン、元服役囚の居住区だってあるのでは?
逆に言えば、やがては自分の子孫の生存にかかわる核汚染物質の埋め立てさえ拒む地域があるのでは?
そもそも、生理的にガマンできない人種がそばに住んでいて、経済的に可能なら早く引っ越したいと毎日願っている人だって世界中にいっぱいいるのでは?
あえて居住区を分けることで、できるだけ思想や信条の自由を守りたいと考えることが、どうしてアパルトヘイトになるの?
無益な殺生を避けるという意味からすると、より人道的なのでは?
それでも、核家族用マンションに何十人で住み水を出なくさせたヤツラを前に、冗談じゃないと思いながらもコミュニケーションは不可能だから諍いを避けた方がいいと言う人に、人間は平等のはず、思想や信条を超え、誰とも仲よくすべき、ガマンして一緒に住め!などとほざくヤツらは、魂を棄てた左翼グローバリズムのクソッタレ、ソシオパスでしかないのでは?
どちらにしても、この読解力のなさは異常だと思うが…。

Please don't worry about it, Ayako Sono! At least only I 'm on your side(心配しないで曽野綾子! 東仙坊だけは味方)!









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人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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