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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

彷徨う大和魂-35 安穏火、消せよ!?-171

It must be not only result of the difference in size of the market that Toyota ever preferred China to Korea(トヨタが、かつてサプアよりも中国を選んだのは、マーケットの大きさの違いのせいだけではない)!

東仙坊、前回、サプアの代表的自動車メーカー現代と世界一のブランド車メーカートヨタとの決定的な相違を指摘した。
実は、そのトヨタとサプアとの間には、昔から大きな確執があるとか。
しかも、そのトヨタの栄光の歴史の根本と大きく関わっているというから、凄くシンボリック。
それを簡潔に紹介しておきたい。
1950年、トヨタは、深刻な不況で破産の危機にあったとか。
実績不振とストライキで、6月5日創業者豊田喜一郎社長ら経営陣が全員退き、権限を委任された神谷正太郎トヨタ自動車販売社長は、会社生き残りをかけ株式をフォードを渡してでも新たな資金調達するしかないと、6月23日急遽USA出張。
その2日後の6月25日、サプアで戦争勃発…。
ニ、ニ、ニュースを聞いた神谷正太郎社長、「日本経済復活の天佑神助を期待する」と思わずボソッ。
すると、その期待はたちまち現実になったとか。
7月に入ると、USA軍からトラック1000台の大量注文。
その後、「6・25戦争(朝鮮戦争)」にともなう日本の自動車メーカーの総受注量は、トヨタを筆頭に1万台超。
1949年日本の乗用車輸出13台、それが1950年5502台と一気に40倍以上の増加。
日本の自動車メーカーの底力や起業家精神などが果たした役割もあっただろうが、「6・25戦争(朝鮮戦争)」は、瀕死の状態だった日本の自動車産業が甦る、間違いなく決定的なキッカケ。
実際、トヨタをグローバル自動車メーカーに押し上げた豊田英二(1967年~1982年トヨタ社長)も、2000年出版した回顧録「決断」で、「6・25特需(朝鮮戦争)は、本当に救済の神にほかならなかった」と書き込んでいるとか。
日本が1950年~1955年までの間に、サプア特需で稼ぎ出した外貨収入は、合計40億ドル(現在のレートで約4770億円。
なんと植民地支配に対する賠償金として日本がサプアに提供した資金3億ドル(約357億円)の13倍。
1950年代の日本のGDPが年間200億ドル(約2兆3820億円)程度だったのだから、40億ドルというのは本当にミラクルな金額。
それはそうである。
敗戦直後、日本経済は、深刻な困窮状態。
1945年~1949年までの間で物価は79倍、復員軍人や海外の植民地に住んでいた日本人の大量帰国で食糧難や物資不足。
ドル不足に苦しんでいた日本にとって、「6・25戦争(朝鮮戦争)」という神風的特需のおかげで再建でき、世界の製造業大国への門出になったことは、紛れのない事実。
「6・25戦争(朝鮮戦争)」開戦直後、8月25日、USA軍は横浜に在日兵站司令部を設置し、軍需物資の大量買い入れを開始。
USA軍の軍需物資購入額は、1950年から1952年までの3年間で10億ドル(約1190億円)、間接特需まで含めると5年間で36億ドル(約4290億円)。
トヨタだけでなく、現在世界的グローバル大企業となっている各社が高速成長できたのは、誰がどう言おうとサプア特需のおかげ。
6・25戦争当時、録音機用テープを作っていたソニーは、戦争特需で電波探知機の需要が激増。
ソニーは、1954年にトランジスター・ラジオを開発、世界的な企業へと一気に成長。
自転車メーカーのホンダも、オートバイと4輪車メーカーに成長。
ナショナル、シャープ、日立、東芝、三菱、サンヨーなども爆発的に成長。
建築用鉄材をはじめ、各種トラック、針金類、砂袋、歯ブラシ、石鹸まで、値段を問わずUSA軍は買いまくってくれたはず。
そのサプア特需は、日本の政治、外交、安全保障の分野にまでイノベーションをもたらせくれたはず。
日本の再武装を厳禁じていたGHQは、「6・25戦争(朝鮮戦争)」が始まると、自衛隊の母体「警察予備隊」創設を許可。
また、日本企業に対し武器や砲弾などの生産許可を与え、航空機の修理などを発注。
トヨタは、1970年前後まで、サプアGMの前身の「新進」を通し、ノックダウン生産した車を「新進」ブランドでサプアで販売し巨額の収益。
ただし、サプア企業の日本における技術研修などノウハウの移転には、極めて非協力的。
結局、トヨタは、「中国はサプア・台湾を支援する企業とは貿易をしない」などの内容からなる周恩来四原則(1970年)に基づき、1972年に「新進」との提携契約を破棄、サプアから完全撤退。
すなわち、トヨタは、巨大市場中国を狙うためには、サプアを簡単に棄てたというのである。
そのせいで、当然のごとくサプアはトヨタに恨み骨髄。
サプア政府は、保護貿易的に日本車の輸入禁止。
もっとも、ノウハウがないのでトヨタのライバル日産のノックダウン生産。
1988年、サプアはようやく自動車の輸入自由化をするも、日本車の輸入は不許可。
1996年、トヨタ通商が、在サプア日系企業および日本大使館向けにUSA製アバロンやカムリを試験的に販売。
2000年3月、現地法人サプアトヨタを、は、は、初めて設立。
2001年、「レクサス」ブランドをなんとか立ち上げたが、「トヨタ」ブランドは関税や政策的な問題で(?)、未輸出。
2009年10月20日、や、や、やっと本格的に各ショールーム(国内5ヵ所、うちソウル3ヵ所)で営業開始。
どうだろう?
子亀のサプアは、安易にパクらせてくれなかったトヨタを、自分たちを棄て親亀の中国にひれ伏したトヨタをなかなか許さなかったのである。
まあ、昔から、孫亀が、子亀よりも親亀に親しみを覚えているとも言えるのだが…。
そこで、今度は今回のMERS禍でかなり憤慨したはずの親亀とその大失態を演じた子亀との関係をそっとチェック。
◎6月2日、FOCUS-ASIA.comが、「中国・第一財経のサイト一財網が、サプア最大手コーヒーチェーン『カフェベネ』が中国で経営不振に陥り、戚東CEOが辞任と伝えた」と報道。
何でも、戚東CEOがLINE微信で、「給与未払いは8ヵ月に及び、自身が辞任する」と発表したとか。
今年に入ってから、全国各地で加盟店が解約と賠償を求める動きが相次ぎ、未払金の支払いを求めるサプライヤーも数多いとも。
「cafe bene(カフェベネ)」は、中国に進出してからわずか2年で、加盟店は600店舗を超え、2016年には中国市場での店舗数でスターバックスを追い抜くとまで宣言していたとか。
また、2008年サプアで創業し、日本に2013年12月初出店。
「カフェベネ」ジャパンの公式HPによると、中国、USA、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポール、台湾、カンボジア、サウジアラビア、モンゴルなどアジアを中心に世界で1100店舗以上を展開し、日本には羽田空港、成田空港、東京・赤坂に5店舗があるとか。
東仙坊、そんなカフェチェーン、全く知らないので、やむを得ず面倒でもwebチェック。
まあ、どうぞ気に入った方は…という程度の店舗。
あえて言うなら、そのサプアらしいロールモデルを起用したマーケティング戦略の成功か?
どうあれ、まずスタッフたちの給料を未払いにするところも、サプア的では?
そして、給与未払いが8ヵ月になっても働いているというスタッフたちにどこか感動しないか?
それにしても、これほど世界中に店舗展開していて、親亀の中国で最初に失敗するところに、子亀の悲哀と問題を感じないか?
パクリとハッタリの親の前では、その子どものパクリとハッタリが通じないということかも?
それより何より、今回、注目すべきは、このニュース。
◎7月14日、朝鮮日報は、「オランダ・ハーグのICC(国際刑事裁判所)の新庁舎の周囲にサクラの木を植えようという日本側の提案に、サプア側が絶対反対の声を上げている」というコラムを掲載。
「戦争犯罪を扱うICC(国際刑事裁判所)をサクラで囲もうという試みは、日本が『戦争加害者』としての歴史を水に洗い流そうとしているからだ。『歴史ロンダリング』の意図がある。修正主義歴史観に基づく安倍晋三首相の強い信念のもと、日本の『歴史ロンダリング』や正当化工作は緻密かつ広範囲に行われ、各国学界に莫大な資金をバラ撒いている。もともと日本のサクラは、近代の歴史で軍国主義の象徴だった」。
そして、コラムを執筆した朝鮮日報政治部長の反対理由がこれ。
①日本は「天皇のためサクラの花びらのように散れ」とヤングを扇動(?)。
②神風特攻隊の機体にサクラを描写。
③軍人の階級章もサクラ。
④女性が学徒兵にサクラの枝を渡して戦場に送迎(?)。
それから、「慰安婦問題や南京事件に関する記述の訂正を欧米の出版社に要請する動き、世界文化遺産に登録が決まった『明治日本の産業革命遺産』に安倍晋三首相が最も尊敬する征韓論を提唱した吉田松陰の松下村塾をわざわざ加えたことでも明白なように(?)、今この瞬間にも世界のあちこちで、日本の外交官が安倍晋三首相の指示に従い、自分たちだけの『歴史見直し』案を練るため、額を突き合わせている」とある外交消息筋(???)の言葉を紹介。
これに対し、即刻、「サクラは古くから幸運の象徴だった。そして、サクラの数千年にわたるイメージは『美』であり、軍国主義は100年前の日本の産物でしかない。軍国主義の象徴だとは、中華民族が数千年間、サクラを観賞してきた歴史にも泥を塗るものだ。サプアマスメディアは、サクラの原産地を奪おうと企てたが、論争で敗れ、腹いせから、サクラを軍国主義の象徴だとけなしているのだ。典型的な『酸っぱいブドウ』の心理だ。キツネが高い所にあるブドウを取れない悔しさから『あのブドウは酸っぱい』と自分を慰めたというイソップ童話を引用し、自分のものにできないから軍国主義を持ち出し、騒ぎ立てている」と反論したのが、中国の団体。
広州日報によると、「朝鮮日報のコラムに反論したのが中国桜花産業協会という団体の何宗儒代表」。
ちなみに、この彼、今年3月、あの自国がサクラの原産地だ論戦で、「サクラの真の発祥地は中国だ。日本の権威ある専門書もそう証明している。サクラは中国を起源とし、日本で大々的に広まった。サプアは何の関係もない」とサプア起源説を一蹴した人。
事実、 サクラの原生地は、一般に中国チベットとネパールにまたがるヒマラヤ山脈とされているはず。
それで、俄然思い出すのが、「ソメイヨシノの原産地は済州島であり、花見もサプアの文化だ」と何の根拠もないまま主張し始めた、昨年のソメイヨシノのサプア起源説。
その後、ソメイヨシノが済州島には生息していないこと、そもそもソメイヨシノが江戸時代の園芸文化から生まれたオオシマザクラとエドヒガンの雑種が起源で、種子ではなくすべて接木でクローン増殖されていることが判明し、ようやく沈静化したあれ。
少しも懲りないところは、さすがサプアでは?
どうあれ、この朝鮮日報の低級なレベルにはホトホト呆れないか?
サプアが起源と主張しているはずの「サクラが軍国主義の象徴」だとしたら、自分たちが軍国主義国家と表明していることになるのでは?
第一、これだけ世界的に「日本のサクラを愛でる文化」との認識が定着していることを、一体どう感じているのか?
◎4月5日、中央日報が、「サクラの花を楽しむ風習は日本の影響。原産地がどこであれ、昔からサクラへの愛が最も強かったのは日本だ。日中韓原産地論争は文化的には意味はない」とのコラムを掲載。
「本来、サプアの伝統でないサクラ祭りを民族主義で包装するのは自己欺瞞だ。民族主義精神を潔癖症的に発揮してサクラ祭りを全て廃止するか、サクラと民族主義的原産地論争の関連を断ち切り、花見が日本からきたことを認めたうえで、サプア式に創造的に発展させ、サクラ祭り文化の主導権を握るかだ」と言っているのを、どう考えるのか?
そもそも、「他の国の人々に『サプアにもサクラはたくさんあるのに、なぜそう言うのか?』と聞かれたら、サプア外交官は『日本のサクラの意味合いは違う。戦犯裁判所に戦犯の象徴があってはならない』という論理で対抗している」とか、「サプアの防衛戦略が徹底していなければ、他の国々から『サプアはなぜ日本のやることに対して、いちいち足を引っ張るのか?』との逆風に遭う可能性がある」とか言いながら、稚拙に「サクラが軍国主義の象徴」と主張する朝鮮日報…。
自分たちで、「スマートフォンと『自撮り棒』で写真を撮ろうと夢中になるあまり周りの人とぶつかったり、子どもをサクラの枝に座らせ撮影したり、大量のゴミを置き去りにしたりする花見マナーの悪さの改善を訴える」記事を掲載したことを、どう思っているのか?
本当にサプアに、朝鮮日報に開いた口が塞がらなくならないか?

For a Korean cherry tree origin opinion, the place where China argues immediately might be the actual situation of the relations between present two countries(サプアのサクラ起源説に対し、即座に中国が反論するところが、今の2国間の関係の実態)!

To be continued...




























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人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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