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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

彷徨う大和魂-43 東仙坊のシリアスな「ウチナーンチュ」考!?


The first thing that I felt when I went to the USA for the first time in my life was that I had to come to this country without having to train both mind and body(生まれて初めてUSAに行ったときに痛感したことは、この国には心身ともに鍛え直さなければきてはいけないということだった)!

東仙坊が、生まれて初めて沖縄を訪れたのは、1974年のこと。
実は、その前年、同じく生まれて初めてUSAを旅行している。
日本発のレッド・ツェッペリンに続くハードロックバンドになることを夢見ていて、ウエストハリウッドにある有名クラブのオーデションを受けるためだったのだが、その結果はあまりにも惨憺たるもので、その儚い夢は一瞬で雲散霧消してしまった。
その後、一緒だったガールフレンドに言われるまま、バンドメンバーと別れ、USAをショートトリップすることになったのだが、傷心したままだったせいか、何一つイイことは起きなかった。
それどころか、生まれて初めていくつかのどうしていいかわからないシチュエーションに出くわせてばかりで胃をメチャクチャ痛めることになるばかりだった。
とりわけ、今でも特に鮮明に残っていることがある。
USAに住んでいたガールフレンドの姉のお薦めのロスのレストランで彼女とディナーを取りながら、クラフトビールの飲み過ぎでトイレに立ったときのこと。
レストランの奥まった人気のない場所には、男を表すピクルトとWHITE ONLYとBLACK ONLYのメンズ用だけの2つのトイレがあって、いきなりどちらに入っていいかわからず、完全に困惑。
誰かに聞こうと思ってもあたりには誰もいない。
そこで、一大決心して、BLACK ONLYの扉を開けてみた。
そこは、薄暗くキラキラ不気味に光るトタンのような金属の一面全体に水が勢いよく流れているだけだった。
もちろん、間仕切りも器もナシ。
どう使うのだろう?と逡巡していると、そこに用を足していない大柄の黒人が4人ぐらいいる気配を感じた。
目を凝らしてみても、どこに顔があるかわからないオトコたちの風体はかなりヤバかった。
いきなりそこに押し倒されると感じ、慌ててドアを開け、自分の席まで小走りに戻った。
そして、彼らが追ってくるかどうか伺った。
しかし、彼らが出てくる気配は全くなかった。
それなのに、突然、彼女に言っていた。
「ホテルに戻ろう」
「えっ、まだ全部食事は終わっていないわよ」
「いいから、戻ろう」
「どうしたの? 何かあったの?」
「別に、とにかく早く戻りたいだけだよ」
「そう、わかったわ」
彼女は、慣れた雰囲気でウェイターを呼んで、チェックを頼んでくれた。
そして、ウェイターが持ってきた黒い厚手のノートみたいなものにかなりの紙幣を挟むとそのまま立ち上がった。
それが多少気になりながらも、「早くホテルに戻ろう」と彼女をせかせながら、彼らが追ってくるかを心配していた。
車に乗ると、怪訝そうな彼女が、「大丈夫? 汗ビッショリよ」と聞いてきたが、何も応えなかった。
必死でトイレをガマンしながら、トイレのでのデキゴトを話すワケにはいかなかった。
男の沽券に関わるある種の屈辱感と焦燥感と挫折感を味わっていたうえ、彼女に対し言いようのない恥ずかしさを覚えていたからだった。
その後、そそくさとホテルをチェックアウトし、LAXに向かった。
その途中、路線バスと併走することになった。
ボーッと車窓を見ていて、あるコトに気づいて、戦慄が走った。
その路線バスの乗客が、前面に白人、後部に黒人とはっきりと白黒に分かれていたからである。
おもむろに彼女に、聞いてみた。
「バスって、白人と黒人に区別されているの?」
「そうよ。バスだけじゃないわ。レストランの座席だって、トイレだって、白人と黒人では別々よ」
「じゃあ、キミはどっちのトイレを使うの?」
「白人用の方よ、当たり前じゃない」
そのとき、もう東仙坊から、オーディションに失敗したショックなどどこかにすっかり消えてしまっていた。
その代わりに、次にこの国にくるときまでには、確固たる自信持たなきゃダメだ。そのためにも、心身を鍛え直すだけでなく、職業欄に確固たる自分のポジションを書き込めるようにしなければ、と一人決意してもいた。
そして、彼女の気遣いで、生まれて初めてハワイに寄ったことで、その決意は確固たるものになっていた。
まだワイキキ近くに数軒のホテルがあるだけだったハワイは、またたくまに自分にとって理想の海になった。
それは、どこまでもアーティフィシャルなアーバンな海だったからに他ならない。
都会のもやしっ子の自分にとって、この真っ青な海は、とにかく言いようのない安堵を与えてくれた。
そして、街を裸足で歩き回れることが、タバコの吸い殻が1本も落ちていないことが、このうえない安心感を与えてもくれた。
それ以上に、日本人も黒人もほとんどいなかった。

The sea of Hawaii's Waikiki that I went for the first time brought me a deep sense of relief without any reason(生まれて初めて行ったハワイのワイキキの海は、理屈抜きに深い安堵感を与えてくれた)!


To be continued...
profile

東仙坊 

東仙坊 tohsenboh.jp
コピーライター歴三十有余年。人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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