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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

恒久不変な日本砂漠-17 ポーランドの日本愛に「ポーっとなるど」!?


Have you ever heard about this strategy of rescuing Poland orphans from Siberia by Japan(日本によるこのシベリアのポーランド人孤児救出作戦を聞いたことがあったか)?

結局、日本のシベリアにおけるポーランド人孤児救出作戦で日本に保護されたポーランド人孤児は765人。
しかも、約2年がかりで、日本で治療と療育を受け、第一次はUSA経由で、第二次は日本船により直接祖国ポーランドに帰国させたとか。
「ポーランド孤児救済委員会」副会長ユゼフ・ヤクブケヴィッチが、その「ポーランド国民の感激、我々は日本の恩を忘れない」と題した礼状で明確に書き残しているとか。
日本人は我がポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本は我がポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、我が不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、我々ポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。日本人は日本内地において我々を援助したばかりでなく、シベリアにおいてもまた等しく援助してくれた。異郷の地であるシベリアにおいて日本人は日本陸軍の保護の下にシベリアの奥地からウラジオストクにいたるまで、あるときは陸軍の自動車をもって、あるときは汽車をもって、我々の児童を輸送してくれた。また、我々の児童たちをしばしば見舞いにきてくれた裕福な日本人の子どもが、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もキレイな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、指輪までもとってポーランドの子どもたちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。ポーランド国民もまた高尚な国民であるがゆえに、我々はいつまでも恩を忘れない国民であるとを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとよりアメリカでも広く知られている。ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。最後に日本人に言いたい。記憶せよ、我々はいつまでも日本の恩を忘れない。そして、我々のこの最も大なる喜悦の言葉ではなく、行為をもって、いずれの日にか日本に酬いることあるべしと
ちなみに、その孤児たちが収容された施設では、日本への恩義を忘れないために、毎朝、校庭に生徒たちが集まり、日本の国旗「日の丸」を掲げ、日本の国歌「君が代」を合唱し、日本の童謡を習ったとか。
そして、学園祭には、日本という国を身近に意識するために着物を着て遊んだとも。
それから、このことをEUの新聞が、「日本は子どもがよく笑う『児童の楽土」と報道したというのだが…。
どうだろう?
こんな日本人として感動するようなエピソードを老い先短くなるまで知らなかったのは、東仙坊だけではあるまい。
ともあれ、ポーランド人たちは、75年後にその約束の1つを守ったとか。
な、な、なんと、1995年に発生した阪神大震災の孤児たちをポーランドに招き歓待してくれたとか。
それも、少しでも被災孤児たちの心を癒してあげたいと、1996年7月と8月の2度、60人の被災児たちをポーランドに招待。
そして、震災孤児たちと元シベリア孤児たちとの対面までしたとか。
しかも、すべてがポーランド各地の自治体、企業、資産家、芸術家、個人から寄付でまかなわれたとも。
その実現のために尽力してくれたのが、ワルシャワ大学で日本語を学び、東京工業大学に留学経験のある、ポーランド科学アカデミー物理学教授でもあった外交官スタニスワフ・フィリペック。
何でも、彼の父親は、第二次大戦中、ドイツ占領下のポーランドでレジスタンス活動に従事。
そのために、彼が3歳のときにゲシュタポに捕まって強制収容所に送られ還らぬ人となってしまったとか。
それゆえ、祖母に育てられたというのだが、その祖母がいつも話してくれたことが、「ヤポンスカ(日本)のヘイタイサンは、やさしかった。ポーランド人捕虜を親切に扱ってくれたし、大勢のポーランド孤児をシベリアから救出してくれた」ということ。
それから、「お父さんのように強くなりたかったら、ジジュツをやりなさい。ヤポンスカ(日本)に伝わるレスリングよ。ヨーロッパの果て、そのまた果てのシベリアの向こうにね、ヤポンスカという東洋の小さな島国があるの。その小さな国が、大きくて強いロシアと戦争をして、やっつけたんだもの。ジジュツのせいかどうかはしらないけど、ヤポンスカはサムライの国でね、サムライ魂を持っているの。小さなヤポンスカがロシアを負かしたことは、私たちポーランド人の希望になったわ。私たちもヤポンスカのように、ロシアや、ドイツや、オーストリアを負かして追い払い、自由を取り返して、独立できると信ずることができた。そして、そのとおり、第一次大戦のあとで、ポーランドは独立できたんだよ」ということ。
ともかく、彼は明言する。
日本とポーランドの友好のために全力を注ぎたいと…。

Poland which was blessed with neighboring countries was trying to become a resolute nation after learning Japanese spirit of Bushido(周辺国に恵まれなかったポーランドは、日本の武士道精神を見習って毅然とした国になろうとしてきた)!

To be continued...






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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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