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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

心のブラックホール-63 三流の「俳優」のたった一度の計算尽くしの「名演」!?

Isn't the fact that women entering the entertainment world from childhood not experiencing “puppy love”, which must be very important in life, has ended the path of real love after that(子どものころから芸能界に入る女性に、人生にとても重要な「幼い恋」を経験がないことが、その後の本物の恋愛の道を閉ざす結果になっているのでは)?

●東仙坊がプロファイリングする、スーパージャンキー「名優(?)」の本音

①「恋愛は、人世の秘鑰(ひやく:秘密の蔵を開ける鍵)なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味かあらむ」──。
1892年、詩人で批評家の北村透谷が、白人社会からやってきたばかりの「LOVE」という英語言葉に「恋愛」という訳語を当てたばかりの時代に、こう始まる論文「厭世詩家と女性」を発表しているとか。
無論、そこからのアブノーマルな「恋愛至上主義」が多くのまだナイーブだった日本の男女を金縛りにして悲哀の底に沈ませたと批判する人もいるが、東仙坊、数々の実体験からも、北村透谷同様、恋愛をしないと人生の妙味はわからないと断言せざるをえない。
と、と、ところがである。
昨今の内閣府の意識調査で、20~30代の未婚男女の4割が、「恋人は欲しくない」と言い、「恋愛が面倒」と理由を挙げているというから、開いた口が塞がらない。
毎日毎日、一人の人間として自分のベストを尽くして生きていれば、自然に人を愛さなければ生きてはいけないようになると思うから、全く理解に苦しむ。
そんなことだから、若いころからドラッグでも使わなきゃ、めくるめくsexの歓びを感じ合うことも満足にできないに違いない。
ともあれ、東仙坊、この沢尻エリカのような「俳優」である女性の恋愛経験に、どうしてもフォーカスせざるをえない。
そこそこにリッチな家庭に生まれお嬢さんをしていた少女が、ハーフであることの外見的なタレントから、小6で芸能界デビューする。
それだけでも、おそらく外との関わりはメチャクチャ不自由になったはず。
もちろん、イノセントなパピーラブなど一切ナシ。
すると、もっともデリケイトでセンスティブな中学生時代に、なぜか6年間も失踪していた父親がせっかく帰宅するもすぐ病死し、さらに高1ですぐ上の兄まで交通事故で亡くしてしまったとか。
どうだろう?
彼女がどこかエディプス・コンプレックス剥き出しの半ばヤククソのピュアな恋愛経験ナシの少女だったことは、手に取るようにわかるのでは?
しかも、外国人(?)である母親はレストランを経営する料理人だったというから、なおさら、彼女の恋愛にナーバスだったのでは?
実際、彼女の少女時代のコンポジットには、初恋はいつ?という質問に、「別に/なし」と答えているのでは?
とにもかくにも、その少女時代にすでに斜めになりかかっていた彼女が、本物の恋愛を体験できなかったことが、彼女の内面を大きくさらに歪めたと思うが…。
そう、少女時代に、甘く短くも美しく激しい恋愛をしないと、残りの人生をかなり浪費してしまうということ。
ここは、北村透谷をせっかく取り上げたので、彼の恋愛論に準じて、沢尻エリカの本音を解析してみたい。
1868年、明治元年に相模国足柄下郡小田原の没落士族の家に生まれた彼は、親とともに上京し、泰明小学校に通ったとか。
そして、1883年、東京専門学校(早稲田大学)政治科に入学するも、自由民権運動に参加しつつ、放蕩三昧。
18歳とき、3歳年上の女性、石坂ミナと出会い、人生を一気に変転。
「一生中、最も惨憺たる一週間」、「自分はすでに愛すべき婦人ナシと信じ、全く心をそんなことを考えたこともなかったのに、思いもよらず、ほんの一ヵ月ばかりの間に、自分がこの最も恐るべき恋愛の餓鬼道に陥らんとは…(東仙坊、勝手に意訳)」と恋狂い。
「我、親愛なる石坂嬢よ、かくまで苦るしき生が心根を察して玉(?)へ、もし友の情あらば…(東仙坊、勝手に意訳)」とラブレター。
そして、1888年、自分のことを「夢中の詩人」で、「自分は極端な人間。生の性質は極めて激烈」と称していた彼は、数寄屋橋教会(日本基督教団巣鴨教会)で洗礼を受け、彼女にフィアンセを棄てさせ、結婚。
しかし、「拜啓。貴書を得てしばし茫然。何の意図にて書かれたのか一切わからず、貴女に対し敬礼に欠けていると、眞の愛を持っていないと言うが、いろいろのこと前代稀聞の大叱言、それにしても夫たることがこれほど難しいものとは今知った(東仙坊、勝手に意訳)」、「よしや自分が、このまま病み朽ちて人の笑われ者となったとしても恨んだりしない。むしろ、自分が死んだ側に一本の花がない方がいい。貴女の語気は、いつも自分が意気地なしで、金を得ることが少く、世に出ることも遅く、いるところの幅狭きを責めるように聞こえてくる(東仙坊、勝手に意訳)」と2人の関係はやがて破綻。
どうだろう?
2人の関係の主導権は、大地に根の生えた女性の妻が握っていたことだけは間違いないのでは?
ちなみに、その妻は、彼のことを、「日本人中の洒落なる人、傲世の客、英雄の末路」と言っていたとか。

Should a Japanese person resonate with the poet's idea of Tohkoku Kitamura(北村透谷なる詩人の考え方に、日本人なら共鳴すべきなのでは)?

To be continued...





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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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