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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

腐乱した大和魂-12 消えゆくサプアへのファイナル弔辞!?

Why did Hideyoshi Toyotomi increase anti-Japanese feelings that Koreans are not familiar with(なぜ豊臣秀吉が、サプア人に得体の知れない反日感情を高めることになったのか)?

東仙坊、豊臣秀吉がなぜサプア出兵にこだわったのか? その理由こそが、サプア人たちの「恨」の感情を高めたと確信しているのだが、ここは、まずキチガイ茶髪大統領の言った点からだけで検証しておきたい。
まず、コヤツが、やたら口にする「壬辰倭乱」とは、何だったのか? なぜ発生したのか? そもそも、どんな意味なのか?
「壬辰倭乱」とは、戦乱を起こされたときの干支を取って、その小中華思想を基に、野蛮な「倭」の国である日本に起こされ被害を受けた「倭乱」を意味し、いわゆる「文禄の役」が「壬辰倭乱」、「慶長の役」が「丁酉倭乱」のこと。
そう、サプア人らしくいつも悪いのは自分ではなく人という不遜な思考によるネーミング。
そして、この「壬辰倭乱」、「文禄・慶長の役」は、対馬を侵略してきたサプアによる「応永の外寇」以来の朝鮮半島国家との戦争で、16世紀における世界最大規模の国際戦争だった。
では、なぜせっかく天下を取った豊臣秀吉がわざわざサプアに本格的に戦争をしようとしたのか?
それに関しては、我が国の歴史学者たちにも諸説紛々あるようだが…。
ここは、まず茶髪大統領が、心の底から復活させたいと願っている当時の「李氏朝鮮」のシチュエーションを検証せざるをえない。
もともとグジャグジャの朝鮮半島では、不平両班、被差別階級、困窮した農民、盗賊による反乱、蜂起が雨嵐のように発生し、さらにグジャグジャになっていた。
そして、それを軍に力尽くで鎮圧させ続けている李氏朝鮮王朝は、保守の東人党と革新の西人党の内部政争による粛清や処刑などに明け暮れ、社会の矛盾そのものがジャンジャン噴出し、民心をほぼ離れさせていた。
なかでも、サプア王だった宣祖、李昖は、極端に権威主義的で、サプア人らしくエキセントリックでエモーショナルで、家臣にも気分で厳罰を降すデタラメな王で、政治に無能なうえ飽きていて、徳が全くなく、人民に好かれていなかった
実際、コヤツ、「人心恨叛し、倭と同心」と自分で認めていて、「賊兵の数、半ばが我が国人というが、然るか?」と臣下に尋ねていたとか。
また、民事を忘れ、後宮を厚くすることを第一として、金公諒(寵姫の仁嬪金氏の兄)を重用し、投石する民衆が絶えず、衛兵もこれを止めることができなかったとも。
倭奴幾ばくもなし、半ばは叛民、極めて寒心すべし」…。
そのために、サプア民衆は李氏王朝を見限り、いわゆる叛民、日本軍(?)に協力する者が続出していたとか。
事実、「ソウルに攻め入った日本軍が伏兵を恐れ城内に入ることを躊躇っていると、宗廟宮闕を掠奪して家々を放火したサプア人の叛民が門を開けて日本軍を迎えたり、一般サプア民衆が恐怖も不安も感じずに自ら進んで日本軍兵士らに食物を配布し、手真似で何か必要なものはないかと訊ねたりしたので、日本軍兵士の方が面食らっていた」と、「宣祖実録」、「燃藜室記述」、ポルトガルのイエズス会宣教師士ルイス・フロイスの「日本史」などに記述されているとか。
どうだろう?
どこか現在と酷似していると思うのは、東仙坊だけではあるまい。
ともあれ、この「壬辰倭乱」後、サプアの幅広い両班階層の間で、「明」の援軍のおかげでサプアは滅亡を免れたという意識(再造之恩?)、サプア国内で日本軍の行った行為やサプア王朝の対応への批判などが強まり、日本へ大量に連れ去られた被虜人と呼ばれる捕虜返還要求とともに、メチャクチャ頑迷固陋なサプア人らしく自分たちがかねてから対馬・壱岐で行っていた日本人虐殺や日本の童女・童子をさらって奴婢とするなどの蛮行を、日本軍兵士の死体を集め肢体を裂いて林の木のあちこちにかけさせその憤りをはらした残酷な行動を棚に上げ、格下の野蛮な国なのに生意気だと日本に対する敵意を、独特の反日感情を露骨に持ち始めたことは事実。
そのせいで、せっかく唐辛子を朝鮮半島にもたらしてあげたことも忘れ、多くの火器や刀剣類の製造・運用技術を伝えてあげたことも忘れ、城の造り方を教えてあげたことも忘れ、本当にジコチュウでいい加減。
まあ、宗主国の「明」に対し面子を保つために、サプアらしく捕虜を偽造し無関係の囚人を日本人兵士と「明」に献上したような国だから、当然と言えば当然。
そんなことだから、もちろん、茶髪大統領がやたら自慢する李舜臣将軍大勝利の話も、でっち上げの大ウソ。
確かに、戦闘開始当初、日本軍の水軍が近距離戦に多少戸惑っていたことがあったものの、すぐに陸海同時攻撃に戦略を変更したことでサプア軍を攻略。
そう、サプア軍はそのチキン将軍のおかげで、緒戦で衝撃的な大敗をし、釜山周辺沿岸部分を喪失してしまったのでは?
その結果、開戦からわずか21日で、日本軍は、ソウルを陥落させることに成功できたとか。
実際、サプア水軍司令官の元均、李英男の提言を受け入れ、隣接する管区である全羅左水使の李舜臣にHelp!!!を求めたが、李舜臣は、管轄外でありサプア朝廷の命令がないので越権行為でもある、何度も何度も頑なに拒否したというのでは?
そして、諸将に国難を前に協力しない態度を諫められても、李舜臣は、我関せずと知らんぷりだったとか。
それだけじゃない。
狡猾な李舜臣の陰謀で、全羅右水使の李億祺なども全羅左水営(麗水)に集っていたのに、元均の救援要請を無視したとか。
にもかかわらず、なんと日本と「明」が講和交渉中なのに、卑劣な李舜臣は、倭城群の攻略のために複数回出撃。
けれども、最初の関門である熊川倭城をついに突破することもできなかったとか。
そ、そ、そんなヤツなのに、「明」へのゴマすりが得意だったのか、なぜか「丁酉倭乱」ではサプア水軍司令官になっていたというから、典型的なサプア人。
そして、その戦法は、日本水軍を少し迎え撃っては速やかに後退を繰り返すというもので、そのせいでいつのまにか全羅道北端まで後退していたとも。

Why is there such a common point between the poor Korean brown hair president and the poor HideyoshiToyotomi (貧しかったサプアの茶髪大統領と、貧しかった豊臣秀吉との間には、なぜこれだけ共通点があるのか)?

To be continued...














































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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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