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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

腐乱した大和魂-12 消えゆくサプアへのファイナル弔辞!?

Was the depth of knowledge about Japanese pottery reviving Korean pottery(日本の陶器への造詣の深さが、サプアの陶器を復活させることになったのでは)?

東仙坊、大ウソつき茶髪大統領の言葉で、なるほどサプアの左派はこうやってウソをつくんだと妙に納得させられたのが、これ。
「『壬辰倭乱』で日本が最も欲しがったのは陶工だった(?)。日本にはサプアの未来の成長を妨げる意図がある。当時も今も日本はサプアの技術を狙っている(?)」。
事実、現在のサプアの教科書にも、「日本は、サプアより活字・書籍・絵画などの文化財を略奪していき(?)、また、陶磁器の技術者と学者を連れていった。これは日本の文化発展に大きな助けになった」とか、「東アジアの文化的後進国の日本は(???)、我が国から活字、書籍、絵画などの文化財を略奪し、学者や技術者を拉致していった(?)。サプアの生理学もこのときに日本に伝えられ、日本文化の発展に多大の影響を与えた」、「秀吉軍は文化財・陶磁器工・学者(?)などを拉致して、それが日本文化の発展に役立っている」などとあるというのでは?
確かに、この戦役で、間尺に合わない気持ちになっていた日本軍の豊臣秀吉の部下だった大名たちが、戦功として陶工を連れ帰ったのは、事実。
しかし、近代化や文化発展を拒絶していたサプアでは、青磁だろうと白磁だろうと、とっくにプレシャスではなくなっていたはず。
それゆえ、高麗時代は高級技術者だった陶工たちのポジションも、現在のサプア左派の先祖のごときの被支配階級で、その男子は「奴婢(白丁)」、妻や女子は慰みの対象の「奴婢(妓生、キーセン)」が関の山。
そう、収奪対象の最下層の賤民。
その意味で、豊臣秀吉のサプア陶工の日本へ連れ帰りは、奴婢の解放とサプア文化の伝承・保護。
事実、1604年、藩主毛利輝元の命令によって、サプア人陶工の李勺光(山村家?)、李敬(坂家?)の兄弟が、城下で御用窯を築いたのが始まりの萩焼は、坂家の三代までを「古萩」と萩焼の黄金時代になったとか。
16世紀の末、藩主島津義弘がサプアから連れ帰った約80人の陶工によって始まった陶郷である苗代川での沈当吉の薩摩焼も大発展。
16~17世紀、金海から夫の金泰道(深海宗伝)とともに、武雄領主後藤家信に連れられ来日し武雄に暮らしていて、夫の死後、サプア陶工約1000人を率いて有田に移住し、有田焼陶祖李参平の後を継いで、「有田焼の母」になった百婆仙。
では、これらの陶工たちは、朝鮮半島に戻るチャンスが二度となかったのか? 
逆に、死んでも帰りたくないと日本にいることを望んだのでは?
そう、少なくとも、泣く泣く日本にいたワケではないことだけは間違いないのでは?
どうだろう?
あまりにヒドすぎるサプアからの今の経済難民のようなものではなかったのか?
そして、それはかなり昔から日本にどんどんやってきていたのではないのか?
また、我が国でその高麗陶器のノウハウが守られ、それがサプアで陶器が脚光を浴びることに繋がったのでは?
そう、それもまた、我が国のおかげ…。
それで、もっとも苦笑させられるのが、生理学を日本に伝えたというクダリ。
昨年もまた我が国の生理学者がノーベル賞を受賞し、今年も候補に挙がりながら惜しくもノーベル賞受賞を逃した日本人生理学者がいたけど、これもそれもサプアが生理学を日本に伝えてくれたおかげということになるのでは?
では、本家本元のサプアには、何人のノーベル賞生理学賞受賞者がいるの?
ところで、どんな生理学的技術を伝えてくれたの?
実は、東仙坊、それで、どうしても知りたいことがあって、必死にググってみて、なんとかその答えを見つけられて、ホッ。
それは、戦闘のために初めて朝鮮半島に渡った、日本軍兵士、すなわち武士が、サプアの地に最初に足を踏み入れたとき何を感じたのか?ということ。
そ、そ、そうしたら、あった、あった、「とにかくハエが多くて、臭くて、きらびやかな色がなかった」という上級武士の証言。
どうだろう?
部屋の中に放置された糞便、自分の顔や手を洗うための尿、それに群がるハエ、ハエ、ハエ…。間違いなく衛生学だけが発達したのでは?
どうあれ、この類いのウソは、サプアの十八番。
それを的確に証明するのが、倭寇を何とかしてと頼むことから、日本国王使に対し「信(よしみ)」を通わす使者として始まった、李氏朝鮮から日本への外交使節団「サプア聘礼使」。
まあ、日本の国情視察もあったのだろうが、その下品さはサプアそのもの。
エキゾチックでミステリアスな一種の見世物として、日本の庶民にはそれなりの人気があったものの、その実態は最悪。
とにかく、すべてに上から目線で理由もなく偉ぶる最低の団体。
先進国のすぐれた文化や技術を後進国の日本に教えにきたかのように振る舞いながら、屋内の壁に鼻水や唾を吐いたり、小便を階段でしたり、酒を飲んで門や柱を掘り出したり、席や屏風を割ったり、馬を走らせて死に至らしめたり、夜具や食器を盗んだり、日本人下女を孕ませたりの、狼藉三昧。
そ、そ、それなのに、現在のサプアの教科書には、「サプアの通信使は、日本の要請を受けて日本に渡り、手厚い待遇を受け、日本の文化発展に貢献した。彼らが訪れた後には、日本国内にサプアの文化と風俗が広まるほどであった(?)」とあるというから、ただの恥知らずそのもの。
実際、「サプア聘礼使」の1人だった申叔舟の「海東諸国紀」によると、水を自動的に汲み上げるタイプの揚水水車による稲作法に感嘆し、サプアで造らせようとしたが、最後まで造れなかったとか。
どうだろう?
これもどこかで最近聞いたばかりの話だと思わないか?

After all, we Japanese who must be not like Koreans couldn't get along with them(我々日本人は結局サプア人とは仲よくできない)!

To be continued...
































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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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