Home  |  All  |  Log in  |  RSS

甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

恒久不変な日本砂漠-46  本当に地球上の人間社会は「ワンチーム」なのか?

Japan must remain a permanent “apology nation” as long as the atonement sect who is trapped in the atonement history that has been mind-controlled and ingrained in the body continues to be ridiculed(マインドコントロールされて身に染みついてしまった贖罪史観に囚われた媚中派どもが跋扈し続ける限り、我が日本は恒久的に「謝罪国家」であり続けるに違いない)!

■893国家中国を甘やかし寛大極まりない関与策を取り続け、木のテッペンにまで登らせてしまったUSA民主党の世紀の不作為

●日本は、歴史的にありとあらゆる影響を中国から受けてきたが、ただの一度も中国と真っ向から対峙したことはなかったのでは?

○日本は、この経済成長など見込めない時代だからこそ、中国の本当の顔を真摯に直視すべきとき

日本で身につけたあらゆる手練手管を生来の狡猾さで使い、夷狄の日本を自分たちの脚下に傅かせるようにしてやる。
そうリベンジに燃える中国共産党は、グタグタ、フニャフニャになっていた我が日本で共産革命を起こそうとしたのである。
えっ、そんなことを占領国のUSAが許すワケがなかったって?
何をおっしゃるウサギさん!
我が国を戦争に引き込んだのは、USA国内で跳梁跋扈していた共産主義のシンパども。
そして、USAも、中国同様、思いのほかガッツもバイタリティーもプライドもあった日本を心底恐れ、何が何でも心の芯の蕩けた国に仕立てようと、あの手この手で陥れようとしていた点で、ある種のコンセンサスがあったから、ほとんど見て見ぬフリ。
それどころか、原爆投下という人間としてこのうえない蛮行を働いた後ろめたさから、中韓の「日本軍がいかに残酷で非人道的だった」という大プロパガンダを後方支援したほど。
ともあれ、狡猾な中国共産党は、中国共産党本部と中国紅軍総司令部のあった延安に、「日本労農学校(中国名、日本工農学校。校長が、日本共産党の野坂参三)」を1940年設立。
と同時に、日中戦争開始時から、「日本兵捕虜は殺してはいけない、むしろ優遇せよ」という命令を徹底。
そんな優遇策にすっかり心を許した日本兵捕虜たちの間では、自然発生的に反戦活動家が生まれ、「日本人反戦同盟(1944年から、日本人民解放連盟)」という組織が誕生。
次から次に、「日本革命のための行動」の訓練を受けた、日本人反戦活動家が養成されることになったとか。
そして、敗戦後の日本に送り込まれることになったとも。
ちなみに、「日本労農学校」は、その後、山西省や山東省に、分校が設立されたとか。
また、その側には、抗日戦争と民衆の指導にあたる幹部を養成するための「抗日軍政大学」、「延安女子大」、「魯迅芸術学院」、それから、「朝鮮独立同盟」の支部まであったとか。
そもそも、阿漕な中国共産党は、最初から日本との戦闘なんかを本気で考えることなどなく、くるべき国共内戦と敗戦後の対日工作に備えて準備していたのである。
そして、中国国民党を遠回しに脅かしながら、日本を挑発させ、中国国民党をバカにした日本が、「暴支膺懲(横暴な中国を懲らしめよ)」と何の見通しも立てないまま、支那事変を起こさすように仕向け、中国大陸での戦争に突入させたのである。
それゆえ、支那事変勃発から10年も経たずして、日本は中国国民党を打ち破りながらも敗戦に追い込ま、中国共産党が中国大陸支配するに成功させたのである。
そう、ずっと中国共産党の思惑どおりに動いてきたのである。
それは、戦後にも、そのまま継続させられるのである。
中国共産党に洗脳されたうえで日本に帰国した日本人捕虜たちは、予定通り、「中国での日本軍の残虐行為」を証言をして、我が日本に「対中贖罪意識」を植えつけることに成功。
そして、大量の媚中派シンパが入り込んだ左翼化した我が国のマスメディアをどんどん利用し、その「日本軍の残虐行為証言」や「贖罪史観を大々的に報道しまくり、多くの日本人に、それから、おバカ政治家屋どもに、「戦時中に中国に多大な迷惑をかけた」と謝罪外交とエンドレス補償を繰り返させることにも成功しているのである。
そう、戦前からの中国共産党の策謀の餌食になっているのである。
では、なぜ生来の怠惰で無精な中国共産党に、そんな巧妙な深慮遠謀のプランが立てられたのか?
それは、その中国共産党の創立までのプロセスにその要因のすべてがあるのである。
どういうことか?
それは、中国共産党創立メンバーには、その卓越した日本人の思考能力とともに、日本人の本質まで学習した日本留学組がたくさんいたからに他ならない。
事実、1921年7月23日、コミンテルン極東支局グリゴリー・ヴォイチンスキーの指導下で、上海で開催された「第一回中国共産党大会」に参加した中国人党員13人のうち、4人が日本留学組だったというから、驚き桃の木山椒の木。
なかでも、一番最初の総書記は、成城学校で学んだ陳独秀。
また、その参加者には、当然、湖南省長沙代表/農民運動指導者の毛沢東もいたとか。
ともあれ、4人の日本留学組は、共産党宣言などを日本語の文献で学習したというのだから、聡明になるのも当たり前。
そして、我が国に共産主義かぶれの左翼の贖罪史観に取り憑かれたニセ日本人がいっぱいいたのも、今なおいるのもこれまた当たり前。

The fundamental problem of Japan must be that it is not trying to analyze with essential logic why Japan lost to the USA in the war(我が日本の根幹的な問題は、なぜ我が日本がUSAに戦争で負けたのかを本質的ロジックで解析しようとしていないこと)!

To be continued...



profile

東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

■東仙坊 公式サイト■


■Mail■
ご意見・ご感想など
東仙坊へのメールはこちらから

■Link■
まさに介護は悔悟。
Kaigo Kaigo 会合リポート

最近の記事
カテゴリーリスト
カテゴリー
カレンダー
08 | 2021/09 | 10
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
COUNTER
ブログ内検索
リンク
RSSフィード