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甘ちゃんアマチュア探偵団

情報化が模倣犯罪、劇場型犯罪を助長しているなら、犯罪抑止、犯罪摘発も、精度の高い情報がすべて。このブログは、人間通を自負するコピーライター東仙坊が迅速な犯人検挙のために、人間的プロファイリングをするものである。

恒久不変な日本砂漠-46  本当に地球上の人間社会は「ワンチーム」なのか?

When the Moscow people, a small country who was just captivated by the desire for power, forcibly aimed for the empire, the blood of the Moscow people continued to be polluted, and their love for others and other countries and their feelings of appeasement disappeared(権勢欲に囚われただけの小国のモスクワ人が、強引に帝国を目指したとき、モスクワ人の血は汚れ続け、他者や他国への愛や宥和の気持ちなどは一切なくなってしまったのである)!

■893国家中国を甘やかし寛大極まりない関与策を取り続け、木のテッペンにまで登らせてしまったUSA民主党の世紀の不作為

●日本は、歴史的にありとあらゆる影響を中国から受けてきたが、ただの一度も中国と真っ向から対峙したことはなかったのでは?

○日本は、この経済成長など見込めない時代だからこそ、中国の本当の顔を真摯に直視すべきとき

東仙坊、病的に錯乱したPuサンが、死にたいからと無差別殺人を犯すジコチュウのクソッタレのごとく止めようとしない、ウクライナ人へのジェノサイドを胃をギュルギュルさせながら観させられ、「ロシア人の皮を剥ぐと、タタール人が出てくる」というヨーロッパのコトワザを思い浮かべ、モンゴル人が「キエフ・ルーシ」を滅ぼさなかったら、こんなキチガイ「ロシア」などこの世に存在しなかったかもしれないのに…と溜息をついている。
それから、ここまで執拗にウクライナ人を殺害し、ウクライナを徹底的に木っ端微塵にしてしまうのは、もはやただのソシオパス爺でしかないぜ、Puサン! と、一言。
さて、1328年、「モスクワ大公国」は、「ウラジーミル大公位」の座を取り戻したとか。
そして、ヴォルガ水運の要所として、モスクワを経済的に発展させ、「コロムナ」、「ペレヤスラヴリ・ザレスキー」、「モジャイスク」を征服。
1360~1370年代、イヴァン2世の子「モスクワ大公」ドミートリー・ドンスコイが、「スーズダリ・ニジニ」・「ノヴゴロド公国」・「トヴェリ大公国」と戦い、これを従えたことで、「ウラジミール大公位」・「ノヴゴロド大公位」・「トヴェリ大公位」は、安定的にモスクワが保持。
1380年、ドミートリー・ドンスコイは、クリコヴォの戦いで、「ママイ」に勝利するも、その2年後、「ジョチ・ウルス」の「トクタミシュ」によってモスクワが占領されてしまう一大事。
このときのモンゴル軍、すなわち、「ジョチ・ウルス」の戦法は、どこか象徴的。
城壁のすぐ外までモンゴル軍主力部隊が侵攻していたのに、使者たちを送って交渉することを「モスクワ公国」に提案。
そして、使者が城門に入るやいなや、モンゴル軍主力部隊もすぐさま城内に乱入し、大虐殺を開始。
モンゴル軍は、ありとあらゆる狼藉を働いたうえ、ありとあらゆる財宝を略奪し、街を焼いたとか。
そのせいで、モスクワの街は荒廃し切り、累々たる焦げた屍で街中が埋め尽くされたとか。
その後、「モスクワ公国」は、「ジョチ・ウルス」に恭順の意を表わし、街の復興に邁進。
1389年、モスクワ大公ヴァシーリー1世が即位すると、逆にヨーロッパとアジアにまたがる強大なモンゴル帝国の存在が保証する東西交易を利用し、どんどん経済発展。
それも、巧妙にモンゴル人たちが実施していた「ジャムチ」なる駅伝制度をブラッシュアップさせ「ヤム」という制度にして活用したり、主君と従臣の双務的契約と互いの誠実義務に基づいた西欧封建社会における「恩貸地制度」とは異なるモンゴル人の「ヤルリイク授与」をアレンジした「ポメースチエ制(知行地制)」を採用したというから、さすが小狡い人種。
ちなみに、「ジャムチ」とは、モンゴル帝国が、首都カラコルムと地方とを結ぶ幹線道路の10里ごとに駅を設置し、各駅に車馬、人夫、宿舎、飲食物を提供し、官吏や使者の護送や物資輸送に利用するシステムで、それを維持するために周辺の住民から駅伝税まで徴収するもの。
そして、「ヤルリイク授与」制度とは、政治的忠誠と軍事的奉公を条件として「本領安堵」するハンのルーシ諸公統制の骨格。
1359年、イヴァン1世の孫でイヴァン2世の子の「第4代モスクワ大公(第6代モスクワ公)」ドミートリー・ドンスコイは、「トヴェリ公」ミハイル・アレクサンドロヴィチをモスクワに招きに牢に入れ服従を強要。
命からがらトヴェリに帰還したミハイルは、妹の夫「リトアニア大公」オリゲルドと盟約を結んでモスクワ攻撃。
もともと、オリゲルドは、弟ケイストットとともにしばしばドイツ騎士団を破って、その東進を阻止し、自らも南東方向に進出してモンゴル勢力を駆逐していたので、オリゲルド陣営につけばモンゴル支配から脱することができると考えた人びとは、リトアニアを支援。
ちなみに、オリゲルドは、全ロシアの覇権奪取を計画していたとも。
オリゲルドに煽動されたトヴェリ公は、1368年、1370年、1372年、3度にわたってモスクワ攻撃をするも、失敗。
そこで、「ジョチ・ウルス」は、「トヴェリ公」ミハイルと「モスクワ公」ドミートリーを、交互にウラジーミル大公位に就任させるが、双方ともこれを名分として相手を蹴落とするばかり。
最終的に、1375年、ドミートリーは大軍を動かしてミハイルを屈服させ、ついに和約を締結。
「トヴェリ公」は、モスクワ公の優位を認め、タタール軍と戦闘状態に入ったときには共同作戦を実施することで合意。

Russians don't hesitate to use the once villainous Mongolian army's insidious deception-type annihilation tactics because they are aware that they are hated by Europe(かつての極悪非道なモンゴル軍の陰険な騙し討ち型皆殺し戦法をロシア人が躊躇わずに使えるのは、ヨーロッパの嫌われ者と自覚しているから)!

To be continued...












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東仙坊 


人間通の東仙坊が、人間の弱気と恥ずかしい業が生む、情けなくてみっともない犯行を、徹底的に追及、究明。

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